世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村泰司「名画は嘘をつく」

今年47冊目読了。西洋美術史家の筆者が、巨匠たちが描いた知られざる名画の真実に迫る一冊。 非常にとっつきにくい「西洋絵画」について、実に分かりやすい切り口で紹介をしてくれる筆者の本はかなり好きなのだが、この本はやや期待外れの感を禁じ得ない、というのが正直なところ。「嘘」というテーマにこだわりすぎ、本質を伝えることがやや曖昧になってしまっている気がする。

 

個別には、なるほどなぁと思うネタは多いが、特に面白かったのは

ドラクロワ民衆を導く自由の女神」:国旗となる三色旗を手に、人々を導いているのが自由の擬人像。しかし、じつは正式なタイトルは《民衆を導く自由》であって「女神」はない。ニューヨークにある《自由の女神像》も、英語では《自由の像》と呼ばれ、正式には「世界を照らす自由」。

ムンク「叫び」:この人物が叫んでいるのではなく、ムンク自身が夕暮れどきに体験した”自然を貫く叫び”という幻影を表現したもの。人物は耳をふさいで叫びから自分自身を護ろうとしている

○ジャック=ルイ・ダヴィッド「アルプス越えするボナパルト」:グラン=サン=ベルナール峠を馬で華々しく越えるなど不可能で、ラバで越えた。これは見事に完成されたプロパガンダ的な作品。伝統的に国家元首級にしか許されない白馬の騎馬像という英雄的な姿。そのうえ下の岩には、自分の名前だけでなく、古代ローマ時代と中世に、同じくこの峠を越えた偉大な英雄ハンニバルシャルルマーニュの名前も刻まれている。

のあたり。

 

知識として面白かったのは「キューピッドはキリスト教の神ではない。元来、古代ギリシャではエロス(欲望の神)と呼ばれ、古代ローマでクピド(英語でキューピッド)と呼ばれるようになった」「ヨーロッパ随一の名門であるスペイン・ハプスブルク家は、その存在自体に威厳があり、見せかけの豪奢な演出など必要ない」「印象派は、もともとは上層ブルジョワジーと、中産階級出身の画家たちを中心に構成されていた。その中で唯一、労働者階級出身だったのがルノワール。彼は自らを職人と称し、『楽しくなる絵しか描かない』と幸福感に満ちた作品を描き続けた」など。

 

知らないってのは怖ろしい事だ… 読書好きとしては

○ヴィジェ=ルブラン「1788年の本を手にしたマリー・アントワネット」:遊び好きと評判の王妃のイメージを覆すように、本を手に落ち着いて座っている姿で描かれている。まるで本好きのようなイメージだが、実際の王妃は生涯に4~5冊しか読まなかった。

ブーシェ「ポンパドゥール夫人」:心身共に落ち着くことがなかった夫人の癒しは読書だった。当時は王侯貴族の女性たちはほとんど本など読まない時代だったが、夫人はたいへんな読書家だった。 は、興味深い。

 

今までの本に比べるとお薦め度は低くなるが、「私たち日本人は、どうしても『ヨーロッパ』とひとくくりで語りがちだが、歴史も社会も、そのような単純なものではない。私が美術史を学んで楽しかったのは、ヨーロッパの歴史や社会がより深く理解できるようになったこと」「歴史的及び社会的な要素が、造形的に表現されているのが西洋美術。描かれている作品世界を『見る』だけではなく『読む』ことによって、目からうろこが落ちるように鮮明に絵画鑑賞ができるようになる」という筆者の価値観は息づいており、軽く読むにはいいかもしれない。