世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】播田安弘「日本史サイエンス」

今年46冊目読了。造船業に長年携わり、東海大学海洋学部非常勤講師の経歴もある筆者が、蒙古襲来・秀吉の大返し・戦艦大和の謎に迫る一冊。 技術者が、独自の切り口から歴史を分析する、という面白さ、そして導く結論の意外さ。「そうなんだ!」「なるほど!」が多く、かなり惹き込まれた。 蒙古襲来については「史料とされるものは、いわば寺社勢力のPRのために作成されたもの。鎌倉武士がよく戦ったことも蒙古撤退の要因となっては、都合が悪かった」と、なかなか衝撃的な斬り込み。蒙古軍の実態についても「300隻を新たに建造するというのは材料を調達するだけでもほとんど不可能な数字」「実際に戦ったのは、蒙古兵の中に雇われ高麗兵が多数混じった、いわば寄せ集めの歩兵軍団」と、そこまでの強敵ではなかった、と分析する。「蒙古軍は1日で全軍が上陸できなかった。日本武士団の集団騎馬突撃に進軍を妨げられた。想定外の被害が出たため早期の太宰府攻略を断念し、天候急変を警戒して撤退を決定するも、その夜に強い北西風により遭難した」という結論は、歴史で習ってきたものとはだいぶ違う。 秀吉が明智光秀を討ち、天下取りに大きく前進した大返しについても「中国大返しでは1日当たり、玄米おにぎりにして約40万個分の食料と、7000頭ほどの馬が必要」「長距離行軍は日常生活とは異なった環境での重労働が続くことであり、兵士たちの身体の負担は非常に大きくなる。そのため、往々にして、戦闘での損耗より、行軍中の損耗のほうが大きくなる」と、その困難さを指摘して「中国大返しを実現させるシナリオは、事前にかなりの準備をしてから行われた作戦だった」と分析。 大胆にも「もしも中国大返しが海路を利用したものであったとすれば、船に乗ったのは秀吉と、直属の騎馬隊や側近のみで、あとは兵士たちの防具や武器、弾薬などの輸送に使われたと考えるのが現実的」と推測。「秀吉本隊が実質的に戦えなかったことはもともと計算済み。彼にとって何より重要なのは、自分がいちはやく備中高松から引き返し、諸将に現在位置の情報を送りながら、京都に驀進すること。そうすることによって、『秀吉は謀反人を成敗するため神業のような速さで戻ってきた』というストーリーをつくりあげ、迷える武将たちの心をつかみ、味方に引き入れた」は、陸路の困難さからすると、ありうるかもしれない、と思わされる。 戦艦大和については歴史的に近いから、びっくりする「大転換」はないものの「戦艦大和はアウトレンジ作戦の切り札として温存されているうちに、戦局が悪化して大和を護衛すべき空母と航空機のほとんどが失われた」「大和とともに艦隊を構成すべき巡洋艦駆逐艦が設計ミスにより多数沈められ、『裸の戦艦』となったことで活躍のしようがなくなってしまった」「大和を戦争初期に効果的に運用する方法はいくつも考えられた」「戦後は日本のものづくりの基盤となり、大和の存在を知った日本人の精神的支柱ともなった」「目的への集中とかけ離れた戦い方であった。戦争の勝利を第一義としてそこに集中するのではなく、えてして所属する組織の利益や、自分自身のメンツなど、二の次、三の次ともいうべき要素にとらわれた判断が目立っていた」は、同意できる。 歴史の専門家でない技術者だからこそ、筆者の「人間が行う解釈という作業にはどうしても先入観を排除しきれないところがある。物理や数学の観点も採り入れた研究によって、日本史の未解決問題の謎解きが進むことを願わずにいられない」には強く納得させられる。 コロナ禍に執筆された本だからこそ「リアリティの欠如、目的のために最適化されない手段という問題は、大和の没後75年がたった現在の日本でも、なお解決していない。新型コロナウィルスへの政府の対応の、論理的一貫性のなさは、まさにそのあらわれ。いま本当に打つべき対策は何かを考えることに力が集中されていないと、最も避けるべき兵力の逐次投入のように、感染制御も経済対策も効果があがらない。さらに、省庁のあいだの風通しの悪さ、いわゆる縦割り行政は、かつての陸軍と海軍もこうだったのかと思わされる」の記述が非常に痛い。選挙の際を含め、国民の冷静な選択が迫られている。 戦艦大和についてはやや陳腐感があったものの、それ以外は非常に科学的な根拠に基づくダイナミックな提言が多く、面白かった。歴史好きなら必読であり、この観点を持つことは非常に大事だ。