世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】原研哉「デザインのデザイン」

今年45冊目読了。グラフィックデザイナーにして武蔵野美術大学教授の筆者が、デザインというものへの向き合い方をやさしく紐解いてくれる一冊。 デザインとは「ものの見方や感じ方は無数にある。その無数の見方や感じ方を日常のものやコミュニケーションに意図的に振り向けていくこと」「ものづくりやコミュニケーションを通して自分たちの生きる世界をいきいきと認識することであり、優れた認識や発見は、生きて生活を営む人間としての喜びや誇りをもたらしてくれる」と定義。アートとの違いについては「アートは個人が社会に向き合う個人的な意志表明であって、その発生の根源はとても個的なものだ。一方、デザインは基本的には個人の自己表出が動機ではなく、その発端は社会の側にある。社会の多くの人びとと共有できる問題を発見し、それを解決していくプロセスにデザインの本質がある」と斬り込む。 昨今の情勢については「世界は技術と経済をたずさえて強引に先へ進もうとし、生活の中の美意識は常にその変化の激しさに耐えかねて悲鳴を上げるのだ」「文化ではなくまず産業、という日本の価値尺度は二十世紀の後半全てにわたって隠然たる力を発揮しており、それは今日においても通奏低音のように社会の基層に低く響いている」と厳しい見方をしている。しかし、そんな状況においても「世界は今、気づきつつあるのだ。世界全体を合理的な均衡へと導くことのできる価値観やものの感じ方を社会のいたるところで機能させないとやっていけないということに。そしてはっきりと変わり始めている。フェアな経済、資源、環境、そして相互の思想の尊重などあらゆる局面においてしなやかにそれに対処していく感受性が今、求められている」と希望を見出す。 では、その中でどうしていくべきか。「混乱した状況の中で信頼に足る指針を生み出すのは地に足の着いた状況観察の積み重ね」「答えを出した後にさらにそれを微修正してみせる慎重さと誠意は、法則を実用へと実践できる精密なセンスの一端」などのヒントは、デザインに関わらない人にも参考になりそうだ。 日本という存在への洞察、愛も深い。「世界を相対化する中で、自分たちの美点と欠点を冷静に自覚し、その上でグローバルを考えていく。そういう態度がおそらくは今後の世界には必要になるはず」とした上で「日本の近代史は文化的に見ると傷だらけである。しかし自国の文化を何度も分裂させるような痛みや葛藤を経た日本だからこそ到達できる認識もある。自己を世界の中心と考えず、謙虚なポジションに据えようとする意識はそのままでいいのではないか」「アジアの東端というクールなポジションに、自身の分をわきまえた、筋の通った佇まいをつくっていかなくてはならない」と述べる。 なぜ、こんな国になったのか。「さまざまなルートから多様極まる文化を受け止める日本は相当に煩雑な文化の溜まり場だったのだろう。それら全て受け入れ、混沌を引き受け続けることによって、逆に一気にそれらを融合させる極限のハイブリッドに到達した。すなわち究極のシンプル、つまりゼロをもって全てを止揚することを思いついたのではないか」との分析は、納得できる。 「『異国文化』『経済』『テクノロジー』という世界を活性化させてきた要因と、自分たちの文化の美点や独自性を相対化し、そこに熟成した文化圏としてのエレガンスを生み出していくことを、これからはっきりと意識する必要がある」「成熟した文化の佇まいを再創造する。おそらくは、そういうヴィジョンからの再出発がこの国には必要なのだ」という主張も、強く首肯したい。 このほかに「情報を享受する人間は感覚器官の束。そういう受け手に投げかけるべく、デザイナーは種々の情報を組み合わせてメッセージを構築している」「イメージとは、感覚器官を通じて外から入ってくる刺激と、それによって呼び覚まされた過去の記憶が脳の中で複合、連繋したものだ。デザインという好意は、このような複合的なイメージの生成を前提として、積極的にそのプロセスに関与することである」「着眼大局着手小局」「古いものの中にある今日に重要な価値観を摘出し、未来を語るメッセージとして用いることが新鮮」「『分かりやすさ』という条件をクリアするためには『分かる』ということや『分かっている』ということ、そして『分かっていない』ということなどについて理解し、『分かる』を実現させるプロセスを冷静沈着に構築していく能力が必要」のあたりは、ビジネスシーンにおいても非常に役立つと感じる。 少し古い(といっても2005年だが…)本だが、十分に2021年にも対応していると感じる。これは面白かった。