世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ダニエル・E・リーバーマン「人体600万年史(上下)」

今年43・44冊目読了。ハーバード大学人類進化生物学教授の筆者が、科学が明かす進化・健康・疾病について解説する本。


ハードカバー2冊モノだが、これは読み応えがある。「文化的進化では、人間が作り出した新しい行動のうち、とくに私たちの食べる食物と、私たちのする(あるいはしない)活動が、ときに身体の具合を悪くする」という気づきを掘り下げていく物語は、実に面白い。


変化の段階については「①最初の人間の祖先が類人猿から分岐して、直立した二足動物に進化した②この最初の祖先の子孫であるアウストラロピテクスが、首飾の果実以外のさまざまな食物を採集して食べるための適応を進化させた③約200万年前、最古のヒト族のメンバーが、現生人類に近い身体と、それまでよりわずかに大きい脳を進化させ、その利点により最初の狩猟採集民となった④旧人類の狩猟採集民が繁栄し、旧世界のほとんどの地域に拡散するにつれ、さらに大きな脳と、従来より大きくて成長に時間のかかる身体を進化させた⑤現生人類が、言語、文化、協力という特殊な能力を進化させ、その利点によって急速に地球全体に拡散し、地球上で唯一生き残ったヒトの種となった」という生理学的な面と「⑥農業革命。狩猟と採集に代わって農業が人々の食糧調達手段となった⑦産業革命。人間の手仕事に代わって機械が使われるようになった」と述べるが、これはなるほど理解できる。


人類の進化において「生命とは生き物がエネルギーを使ってさらに多くの生き物を作るプロセス」「最初の二足歩行者は、両手を解放するために立ち上がったのではない。むしろ、より効率的に食物を集めるため、歩くときの燃費を減らすために直立するようになったのだろう」「最初のヒト属の種は、低品質の食料の摂取量を増やすのではなく、狩猟採集民となって良質な食料を入手し、食べるすべを編み出したのだ」「人間の走りを助けるきわめて重要な適応は、浅速呼吸ではなく発汗によって体温を下げられるという独特の能力」という指摘は、既成概念からすると、とても興味深い指摘だ。


脳についても「大きな脳はとんでもなく大量のエネルギーを消費するから、たいていの種はとてもそんなコストを払いきれない。しかしホモ・エレクトスとその後の旧ホモ属は、狩猟採集の利益配当のおかげで、かつては許されなかったような大きい高コストの脳を持てるようになった」「大きな脳を持つことの利点は、人間ならではの協力的な相互作用を促して、それを大きな集団でもできるようにすることと、自然科学者としての能力が向上すること」「どの動物にも脂肪は必要だが、とくに人間は生まれた直後から大量の脂肪を必要とする。それは主として、エネルギーをつねに欲する脳のため」


農業については「農産物による食生活はミスマッチ病の引き金ともなりうる。栄養の多様性と質が損なわれること、周期的な食糧不足や基金に弱い事が問題だ」「農業はいち早く余剰を生み出し、その余剰によって文明を可能にした。だがその反面、農業の余剰産物は社会にヒエラルキーを生み、ひいては圧制、奴隷制、戦争、飢饉など、狩猟採集社会にはなかったさまざまな害悪をもたらした」と、その意義と副産物を分析する。


産業革命については「わずか数世代という短期間で、産業革命は人間の身体活動を劇的に減らした」とし、それが陥らせた罠として「新しく出てきた行動や環境の一面が不健康でも、それが日常となってしまえば、人間はそれに慣れてしまう」「人間がしばしば潜在的に有害な新しいことをしてしまうのは、えてして快適さを幸せと勘違いしてしまうから」と述べる。身体の不調を招きかねない異常な快適さとして「靴を履くこと、読書をすること、座っていること」を挙げる。


ストレスについては「不屈の人が困難なときほど力を発揮するように、自然選択が最も強力に働くのも何不自由ない時期ではなく、ストレスと窮乏の時期である」「ストレスは危険な状況から逃れ、必要に応じて予備のエネルギーを活性化させるための大昔の適応」「すぐに和らがないときのストレスには、人を太らせる面がある」と読み解く。


では、どうすべきか。「新しさと快適さの病に対する解決策は、現代の便利さを捨てることではなく、ディスエボリューションの悪循環を止めること」とし、「症状に対処しようとすればするほど、予防に向けられるべき関心と資源が奪われる」「私たちの予防への関心は不十分で、予防に充てられる資源は少なすぎる」と警句を述べる。これは、昔学んだことのある『システム思考』で明確に指摘されていることであり、やはり優れた考え方なんだなぁと痛感する。
「知識は力である。しかし、それだけでは十分でない。情報とスキルは必要だが、食料と省力装置がたっぷり備えられた環境のなかでできるだけ健康的な選択をするためには、基本的な衝動を乗り越えさせるだけの動機づけと、その動機を維持させる支えも必要」という言及と「文化的な革新がミスマッチ病の多くを引き起こしてきたように、別の文化的革新がこれらを予防するのに役立ってくれる。それを実行するには科学と教育と、賢明な習合的行動のすべてが必要となる」という問題提起は、頷かされる。


人間という「生物」という観点から現代を照らす、良書である。ちょっと読むのが重たいが、ぜひ、一読をお薦めしたい。