今年33冊目読了。西洋美術史家の筆者が、西洋絵画の歴史を変えた22人の天才の生涯と、その影響を描き出す一冊。
筆者の本は何冊も読んでいるが、本書もまた、非常に読みやすくて、初心者にハードルの高い西洋美術にとっつきやすい内容。
●ヤン・ファン・エイク:15世紀初期ネーデルラント絵画の最大の巨匠で、北方ルネサンスの象徴的存在。作品への署名や年記の先駆者で、それまで側面像で描かれていた肖像画を、暗い背景に斜めにポーズを取る四分の三正面像に決定づけた。
●カラヴァッジョ:17世紀の西洋絵画を革新し、バロック絵画の革命児としてその影響力がヨーロッパ中に広まった。理想美ではなく写実的な描写、光と影の劇的な明暗法など。
●ヴァン・ダイク:イギリスの、屋外でリラックスしたポーズを取りながらも、同時に高貴でエレガントな雰囲気が漂う肖像画の様式を決定づける。「控えめなエレガンス」を好ましいとするイングランドの王侯貴族の虚栄心を、「いかにも」でない演出で満たす
●ニコラ・プッサン:当時のローマ美術界では、劇的で激しいバロック様式が主流だったなか、均整のとれた秩序に基づいた構図と精緻なデッサンを基にした「フランス古典主義絵画」と呼ばれる理知的な様式を完成。
●クロード・ロラン:風景画の格を上げるため、聖書や神話など歴史画的主題を融合させ、「理想的風景画」や「歴史的風景画」と呼ばれるジャンルを確立する。
●レンブラント:集団肖像画の伝統を覆し、作品を見る者が実際に参加して立ち会っているかのような構図で描く。ミケランジェロ、ラファエロ、ティッツィアーノのようにファーストネームで署名するイメージ戦略をとる
●ヴァトー:ロココ時代の扉を開く。芝居の世界を描いたものが多いうえ、夢と現実が混合されたような芝居がかっている。
●シャルダン:慎ましやかな市民階級な道徳観を描き、美徳を説いたシャルダンの風俗画は、同時代の恋愛至上主義とも言える享楽的なロココ絵画を好まない人々に熱狂的に支持された
●ダヴィッド:新古典主義。色調を抑え、堅固な構図の中に明確なデッサンで描かれた彫刻的な人物像は、ラファエロやニコラ・プッサンの古典主義への回帰が明らか。
●ヴィジェ=ルブラン:同じ女性として女性心理を理解できたことから、肖像を描く際にはその人物の最も優れた美点を強調した
●ジェリコー:ロマン主義の先駆者。主題性における違いは、新古典主義の歴史画の主題である神話や聖書がラテン語で書かれていたことに対し、ダンテやシェイクスピアなどロマンス語で書かれたロマンスか、生まれた「ロマン主義」が、歴史画至上主義だった新古典主義への対立語となった
●クールベ:アカデミーが信奉する「歴史」と「理想」ではなく、「現代」と「現実」を描く
●マネ:「絵画の二次元性」の強調と絵画の単純化は、技法では古典的だったクールベが「現代」と「現実」を描くことによってこじ開けた近代絵画の扉を、より一層押し開ける結果となる。
●モネ:彼をはじめとした印象派は、ルネサンス以降脈々と育まれてきた古典的な絵画から近代及び現代美術への橋渡し的な存在となった
●ゴーギャン:後期印象派と呼ばれるのは、印象主義から旅立っていき、独自の造形性を確立したから。それがゴーギャンにとっては「総合主義」と「象徴主義」。
●ゴッホ:アカデミックな手法を無視した独学のゴッホの制作手順は本能的かつ即興的。内面的または精神的なものが自由奔放に表現されているため、20世紀における表現主義の先駆者と見做されるようになった
●セザンヌ:形態を単純化し、三次元の対象をいったん解体し、再び複数の視点で対象を捉えて二次元の画面で再構成しようとした造形性は、ピカソとジョルジュ・ブラックによってキュビズムの誕生へと発展していく
個別の画家だけでなく、その繋がりが理解できるのは、ほんとうに優れもの。
「現代の日本では、やたらと『感性』という言葉を絵画鑑賞の際に使いがち。しかし、伝統的に西洋では、感覚に訴える絵画は低く見られる傾向があり、理性・知性に訴えることを良しとされてきた」「日本の美術館は『お宝拝見』的な傾向が強いのに対し、欧米の美術館はより啓蒙的・教育的な側面が強い」「日本で『美術史』というものが欧米ほど浸透していないのは、美術館自体が『啓蒙思想の申し子』である欧米の美術館との存在理由が違うから、としか言いようがない」は、知らなかった…いやはや、学ぶというのは実に大事だ。