世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】田中靖浩「名画で学ぶ経済の世界史」

今年28冊目読了。田中公認会計士事務所長である筆者が、名画を通じて「国境を越えた勇気と再生の物語」をツアーガイドとして解説する、という体をとった面白い一冊。


これは読みやすくて、流れを押さえやすい。専門知識を深く持つというのも素晴らしいことではあるが、こういったカタチで「難解で奥深いモノを、けっこう興味を持ちやすい形で導入してくれる」ことができるのって、やはり能力だよなぁ、と痛感する。


ペストが与えた影響について「人々を絶望させたのは、ペスト患者を献身的に看病したお医者さんほど、そして絶望に震える患者に寄り添った神父さんほど感染してしまった事実。この現実を目にした人々は教会への不信感を募らせる」「ルネサンスは、古代ギリシャ・ローマ文化の再生であると同時に、イタリアがペストの不幸から再生した物語」と、コロナ禍では非常に理解度が高まる説明をしてくれる。「風呂に入ると毛穴が開いて感染すると恐れた人々は入浴しなくなり、風呂嫌いになった人々は香水で体臭をごまかすようになる。風呂嫌いはそのあとも長いヨーロッパの伝統となった」は驚愕だ。


ルネサンスについては「フィレンツェの復活の立役者は街の商売人たち、そして彼らがパトロンとなって支えた若き芸術家たち。それはまぎれもなく彼らがペストと経済危機から再生する物語だった」「ペスト禍のあと、教会は人々の間に失われた信仰心をなんとしても取り戻す必要があった。こうしてフィレンツェではローマ教会とメディチ家が手を結び、教会の増改築、大聖堂といった建造物やそこに飾る彫刻・絵画の制作に力を入れた」。そして、フランドル地方での北方ルネサンスとの交流で「北の油絵技法と南のキャンバスのマリアージュが有名な『オイル・オン・キャンバス』で、この形式が絵画界のスタンダードとなる」とする。


宗教革命の絡みでは「プロテスタントたちが団結、強敵スペインを向こうに回しての独立戦争が起こった。政治的すったもんだの末、プロテスタントたちが建国したのがオランダ。スペインに対して『勝ったプロテスタント・オランダ』と『勝ちきれなかったカトリック・ベルギー』。両国は宗教的にはもちろん、絵画でも異なる道を歩むことになる」「オランダは、寛容の精神で、商売好きであれば宗教を問わず歓迎すると宣言。北のプロテスタント各宗派、南のカトリック信者、そしてヨーロッパ中から迫害されていたユダヤ人がやってきた」「少々マーケティング色と金融色が強くなりすぎたオランダは経済的には下降線をたどったが、この国の画家たちはしっかりと力をつけ、バラエティーに富んだ『オランダ絵画』と呼ばれる新ジャンルをつくりあげた」と解説する。


フランスについては「料理と税金、この2つの『メニューの幅』は昔からフランスの伝統」「ナポレオンは、名画の一般公開をはじめた。これはナポレオン一流の大衆の心をつかむPR戦略」「フランスでは、娼婦からもらった梅毒に苦しむ伝統派に対し、モネ・バジール・ルノワールが反発、我が道を歩み始める」などに言及する。


イギリスについては「美術や絵画ではいまいちだったが、フランス革命ナポレオン戦争によって、ヨーロッパ大陸からイギリスへの美術品流入が一気に加速した」「他のヨーロッパ諸国では王室・貴族コレクションを中心にナショナル・ギャラリーが作られた。しかし、ロンドン・ナショナル・ギャラリーは金融家個人のコレクションから出発した」「まじめで合理的な『頭でっかち新古典派』に対して、もっと自由にやろうぜと反発して生まれたのが、感受性や主観を重視する『感性で生きるロマン派』」などと解説する。


アメリカについては「『経済的に成功するプロテスタントVS儲けられないカトリック』。プロテスタントたちの規律正しい生活と勤勉な態度が労働へ向けられれば、仕事の成果はあがりやすい」「アメリカのAppleしかりGoogleしかりFacebookしかり、技術力もさることながら、それを一般向けに実用化させる力に優れている」「アメリカの金持ちが印象派絵画を愛好したのは『贋作が少ない』から。歴史の浅い印象派絵画は、描かれてからの履歴、流通経路が明確であり、金持ちは恥をかく恐れなく購入できた」「イギリスからアメリカに流れてきた『禁欲的な信仰生活』精神と、アメリカで磨きがかかった『金儲けのうまさ』。この2つが合わさって、短期間にヨーロッパをしのぐ経済大国に駆け上ったアメリカ。そんなアメリカ人も派手に儲けたあとで、ふと立ち止まってしまう。『これでいいのだろうか』と。心の中に芽生える罪悪感、むなしさを埋めるようと行動するのが彼らの特徴なのかもしれない。アメリカ人は寄付やボランティアにとても積極的」などは、非常に納得させられる。


絵画にとどまらない豆知識も面白い。「イタリアに3月24日決算があるのは、受胎告知が3月25日だから」「本は、北の活版印刷技術と南の紙素材」のマリアージュによって完成した」「アメリカの首都、ワシントンD.C.D.C.は、District of Columbiaの略」あたりは、かなり驚いた。


とうてい絵画の説明とは思えないようなフレーズにこそ、この本の魅力を感じる。「歴史はただ受け取るだけではなく、能動的に『疑問を持つこと』が大切」「歴史を振り返ると、『急なグローバル』な動きのあとには何らかの不幸が表れる」「不自由であることは創造を生み出す土壌」「現状に納得できず、よりよい方向を目指す『欲』がイノベーションを起こす」「『模倣→反発→独創』でいえば、2番目の反発が強ければ強いほど、3番目の『独創』を生み出すパワーになっている」「ペスト後のルネサンスもそうだが、絵画界では何らかの混乱が起こって転換期になると、不思議に『古典への回帰』が起こる」「新技術は『圧力』。そこから逃げようとすれば、時代に置いていかれる。『うまく付き合おう』と甘い態度では、時代に飲み込まれる。立ち向かってその圧力を乗り越えた者だけが、新しい時代をつくる」「技術を磨きつつ、これに実用ノウハウを併せ、『儲ける仕組み』をつくることではじめて金儲けができる」など、枚挙にいとまがない。


これは、本当に面白い一冊だった。歴史、芸術、そして何より教訓。こんなに楽しく勉強ができるのか!!というくらいに見事だ。ぜひ、一読をお薦めしたい。