世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村泰司「名画の言い分 巨匠たちの迷宮」

今年22冊目読了。西洋美術史家の筆者が、西洋絵画の巨匠の人生を名画と共に振り返り、込められたメッセージやその意義を描き出す一冊。


半分は知らない(※あまりに自分が無知なだけだが…)画家だったが、それでも、その人生のあまりの波乱ぶり、そして歴史に翻弄される、またときに歴史を動かしていく様を見て、本当に楽しく読め、さらに西洋絵画の背景までわかる、という優れモノの本だ。筆者の圧倒的な知識と、流れを読み解く力、それを言語化する力が相俟って、非常に読みやすい。


「16世紀末から18世紀初頭は、美術史上では盛期ルネサンスバロックロココなどと呼ばれる時代にあたり、後世、私たちは尊敬と親しみをこめて、この時代の大御所をオールド・マスターズと呼ぶ」として8人のオールド・マスターズを選び、「必ず作品には、画家本人の姿が投影されてしまう。時代が、あるいはスポンサーが、画家にその絵を描かせたとしても、一人の人間としての魂としての叫びが、必ずその絵筆の先に宿っている。ならば、その絵を描いた画家自身は、どのような人生を送ったのかを知ることで、彼らが遺した作品をより深く感じることができるのではないか」と、本のテーマを説明する。


それぞれのストーリーが深くて面白いので、さわりの部分だけ。
カラヴァッジオ:「聖なる物語を世俗的な空間に持ってきて、その辺を歩いている普通の人をモデルに描いた。革新的な表現のしかたは、美術に対して審美眼のある人々や、若い画家たちからは絶賛された。しかし、多くの一般信者はあまりにも現実的・世俗的過ぎると感じた」
ルーベンス:「キャリアを築いていった若いころと違い、絵画界の頂点に立ったルーベンスの絵画世界は、より私的な装いを帯び始めた。彼自身の内面や思想が、画面に強調されていった」
●ベラスケス:「ベラスケスの評価が宮廷内でも高まっていったのは、宮廷画家としてよりも、寧ろそれ以外の宮廷職での活躍によるところが大きかった。ベラスケスもたいへんプライドが高い野心家で、彼自身、画家としてよりも宮廷の職員として国王に仕えているという意識のほうが強い人だった」
プッサン:「『感覚より知性に訴えるために、色彩よりもフォルムと構成を強調すべきである』というプッサンの指針が、フランスの王立絵画彫刻アカデミーのクレドラテン語の『私は信じる』から転じて、宗教上の信条)となった」
●ロラン:「風景をスケッチするだけでなく、しっかりとした構図を踏まえた上で自由にアレンジし、アルカディア(理想郷)を創造した。彼はスケッチされた風景をモチーフに、カンヴァスの上で計算して理想的な風景を創り出した」「ロランの世界を鑑賞するには、描かれた世界を『読む』知性と、そこに広がる世界観を感じる感性が必要。そうした意味で、理性を重んじてきた西洋絵画の中で、ロランの作品は最も早く人間の感性に訴えたものといえる」
レンブラント:「レンブラントを凋落へと追い込んでいったのは、市民社会の移り気と、彼の浪費癖」
フェルメール:「フェルメールが描いた風俗画は、日常生活のワンシーンを描いているだけではない。プロテスタントを主流とするオランダ社会らしく、他の画家の風俗画と同様に、信仰への導きがこめられている。フェルメールはそれを卓越した筆致によって静かにつつましく、そしてエレガントに描いている」「市民階級を描いているのに品格を感じさせるあたたかみのある筆触は、彼独特の持ち味」
●ヴァトー:「ルイ14世の死は、王の絶対権力という呪縛からフランス国民を解放した。同時に、王によって支配されてきたフランス絵画もまた、その呪縛から解き放たれた。フランス絵画は絶対君主の重厚で理性的な絵画から、貴族たちの軽やかで感覚的な新しい時代を迎えることになる。そう、ヴァトーが生みの親と称される、ロココ絵画」


全く西洋絵画に興味がなかった自分でも面白く読めたのだから、やはり筆者の言う通り「若いころにはたいして魅力を感じなかった文学や絵画なども、年齢を重ねていくと改めてその魅力を認識したりするもの」なのだなぁと感じる。美術に興味のない人こそ、読んでみてほしい一冊だ。