世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】谷知子「百人一首(全)」

今年19冊目読了。中世和歌を専攻するフェリス女学院大学教授の筆者が、百人一首のすべての歌の意味、どこが優れているか、歌人たちはどんな人だったか、をやさしく解説する一冊。


これは、ビギナー向けで、それでいて個別に深い話も書いてあり、非常に読みやすい上に理解が進む。娘(小4)に促されて百人一首を覚えようと挑戦している中で読んでみたが、これは本当にいい本だ。


百人一首の面白さについては「百人一首の最大の魅力は何かと聞かれたら、私は『美しい型』だと答えたい。だからこそ、様々な豊かな広がりを持つ文化が生まれたのだと思う」「今と変わらない人間の営みや喜び、哀しみが、この中にはぎっしりと収められている。恋愛、厭世、望郷、四季折々の風物、どの歌も私たちの人生のさまざまな場面を彩る内容を題材にしていて、私たちが人生という道のりを歩んでいくための相棒、友人となってくれることは間違いない」「百人一首のどの和歌も、きゅっと引き締まった感のある場面や、はっとする瞬間など、いわば『絵になる』ひとときをとらえている。様々なカメラアングルでとらえた一種の写真集のようなものが百人一首」と、筆者の百人一首愛が炸裂する。しかし、実際にアラフィフになって百人一首を覚え始めてみると、この気持ちはよくわかる。世の中、体感しないとわからないことは多いものだ。


個別の歌の解説も非常に面白いが、その中でも「自然の前に立ちすくみ、頭を垂れてしまうような畏敬の念、これこそが日本の情景歌の本質である」「和歌が詠む自然は、決して自然そのものではない。箱庭的な自然、優美な自然だけを和歌は素材とした」「おめでたさとほろ苦さはいつも背中合わせ。百パーセントの幸福なんてありえない」「何がかれらを歌に駆り立てたのだろうか。目には見えない心をかたちにすることで、はじめて他人と共有できる、この信念ではないだろうか」「過酷な現実にあっても、いや、そうした過酷な現実を生きていたからこそ、心を解放させた歌が詠みたかったのかもしれない」「どこに行っても悲しみから逃れることはできないという現実は、絶望には終わらない。修行者にとっては、そのまた先を用意してくれる。つまり、修行者は、すべてがこの地点から始まるのだ。こんなに苦しい苦界を捨てて、極楽をひたすら願うという修行の日々が彼らを待っているからだ」など、筆者の卓越した百人一首の世界観の読み解きが、非常に楽しい。


和歌というものについても「和歌を和歌たらしめる特徴は①『ハレ』を題材とする②理想を詠む③限られた世界で共有され、その中で研ぎ澄まされた文化である」「和歌は、自然に意味を与え、人間の文化へと変容させる営み」と魅力を語っており、その面白さは確かに百首の暗唱というところから理解できるのかもしれない。
木村泰司「西洋美術史」を直前に読んだ故、こちらは日本の芸術の真髄だなぁと感じる。百人一首という日本の先達が残した素晴らしく美しい芸術。この言葉で織りなす見事な世界観を、ぜひ体感してみてほしい。