世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村泰司「西洋美術史」

今年18冊目読了。西洋美術史家の筆者が、世界のビジネスエリートが身につける教養として、西洋美術の歴史とその背景をわかりやすく読み解く一冊。


これは非常にわかりやすい。単純に作品を説明するだけでなく、時代背景や流れをあわせて解説してくれるので「マネとモネの違い」すらわからないような初心者(←自分)でもサクサク読める。


なぜ、美術を学ぶのか。「美術を知ることは、その国の歴史や文化、価値観を学ぶことでもある」「西洋美術は伝統的に知性と理性に訴えることを是としてきた。古代から信仰の対象でもあった西洋美術は、見るだけでなく『読む』という、ある一定のメッセージを伝えるための手段として発展してきた。つまり、それぞれの時代の政治、宗教、哲学、風習、価値観などが造形的に形になったものが美術品であり建築」「美術品とは、ある一定の知識や教養を持った人たちが発注し、収集したもの」という説明は、理解できる。


古代の美術については「ギリシャ人にとって人間の姿は、神々から授かったものであり、美しい人間の姿は神々が喜ぶものと考えていた。ここから生まれた『美しい男性の裸は神も喜ばれる』という思想を背景に、『美=善』という信念・価値観があった」「ローマ建築にはギリシャで見られない半円アーチが目立つが、これはエトルリア人の技術。このイタリア土着の半円アーチとギリシャ建築の影響を受けたドリス、イオニア、コリント式のオーダー(円柱)が融合された折衷様式がローマ建築の特徴」「最初のミレニアムだった西暦1000年を過ぎると、教会建築は木造から、より費用がかかる紙の家に相応しい石造りのロマネスク様式へと改築されていった。壁が厚いので、ロマネスク様式の聖堂は窓を大きく取れなかった。アーチがとがっている場合はゴシック様式の尖塔アーチ、古代ローマ建築の特徴である半円アーチの場合はローマ風を意味する『ロマネスク』様式と見なされる」など、なるほどなぁと感心させられる。


中世の美術については「ステンドグラスは文字が読めない人々にキリスト教の教えを伝えると同時に、窓から取り入れられる光をより美しく効果的に演出した。光はキリスト教徒にとって神であり、ゴシック建築では視覚的に神の存在を意識することができた」「ルネサンスとは『再生』を意味する。キリスト教が国教化されて以来、ヨーロッパで否定されるようになった『古代ギリシャ・ローマ』の学問と芸術の再生」「ルネサンス時代の特徴としては、『人間』の地位向上とその尊重がある。小都市国家がひしめくイタリアでは、自国の自由・独立に対する強い意識があり、不安定な政情から生じた市民たちの危機意識が『個人』という意識を目覚めさせる。中世以降、神と宗教がすべての中心だった時代から、再び古代ギリシャ・ローマのように『人間』という存在を強く意識する時代が再生された」「宗教美術を否定するプロテスタント、肯定するカトリック。教会芸術の変革として生まれたのがバロック美術。より見る者の感情、感覚に訴える表現がなされている。聖書中心のプロテスタントとは違い、カトリック教会は、感情・信仰心に訴えることによってさまざまな奇蹟を、字が読めない人が多かった信者たちに信じさせる必要があった」「17世紀オランダ絵画の黄金時代を築いたのは、経済が反映した社会に生きた、裕福な市民階級。同時代のイタリアやフランスは教皇や王家が文化的影響力を持っていた」「フランス的とされるのは、プッサン芸術において視覚化されている『明晰な精神と理性』」「17世紀のフランス文化が『王の時代』で男性的だとするならば、18世紀のロココ文化は『貴族の時代』であり、女性的な文化」「プッサン派(デッサン派)に対し、ルーベンス派(色彩派)は自然に忠実な色彩は万人に対して魅力的であると主張した。理性対感性、つまりデッサン対色彩の戦いが始まった」「古代ローマ皇帝に擬え帝政の権威を高めようとするナポレオンにとって、メッセージ性が強く、古典的な理想美を規範とするダヴィッドの新古典主義こそが相応しい芸術様式」「伝統的に『高貴』とされた歴史画の主題である神話や聖書がラテン語で書かれていたことに対し、ロマンス語で書かれていたロマンスゆえの『ロマン主義』」など、本当に宗教・歴史と芸術が絡み合って成り立ってきた経緯がよく理解できる。芸術、おそるべし。


近代美術については「フランス古典主義は伝統的に『理想化=良い趣味であり、見えるとおりに写してはいけない』という規範があった。しかし、写実主義を信条としてクールベは、フランス古典主義はもちろんのこと、感受性に訴えるロマン主義にも背を向ける。クールベが築いた近代絵画への礎は、伝統的な『見たことのない世界を描く』歴史画的主題から『自分が見たままの世界を描く』という”主題の近代化”」「マネの現代社会を主題とした作品性、そして『絵画の二次元性』の強調と絵画の単純化は、クールベがこじ開けた近代絵画の扉をより一層押し開けることになった」「マネは、近代都市の風俗だけでなく、そこにおける人間の孤独や堕落、そして人間さえも簡単に商品化してしまう近代社会の闇と人生の断片を描き出した」「工業化・都市化・市民社会化の3つの要素が重なった19世紀のイギリスで発展したのは『風景画』」「近代市民社会が発達していく中、新たな絵画の購買層を成していったブルジョワジーは、古典的な高貴さよりも『現実性』を、アカデミー的な理想美よりも『個性』を、そして理性よりも『感性』を重視する傾向があった」「『貴族的』であろうとした美術アカデミーに対し、『ブルジョワ的』であることが印象派の大きな特徴。その点でも印象派はとても『現代的』だった」「ヨーロッパ人のように古典主義に対する先入観が薄いアメリカ人は、文化的コンプレックスを抱いていたフランスからもたらされる新しい美術を歓迎した。元来アメリカ人は、新しいものを受け入れる度量がフランスの富裕層よりある」など、時代背景と絵画の傾向を連動して説明してくれるので、とてもわかりやすい。


エリート云々は別としても、とても勉強になるし、歴史と芸術をいっぺんに頭に入れることができる、非常に優れた本だ。一読をお薦めしたい。


そして、コロナ禍に苦しむ2021年においては「終戦前後に日本の世相や風俗習慣が激変したように、精神的緊張感は長く続くものではなく、その反動は人々の趣味・嗜好を対極的なものに導く」という指摘は、今後を占う一つの視座となろう。