世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】上原善広「被差別のグルメ」

今年9冊目読了。自ら被差別部落出身であることを明言しているノンフィクション作家である筆者が、異色の食文化とその背景に切り込む一冊。


Facebookで繋がっている会社の先輩が読んでいて、面白そうだと思ってコメントしたら「じゃ、あげるよ」と頂戴する、という、なかなか現代的な本の巡りで手にしたのだが、これがなかなか面白い。筆者自身の体験がもとになっているのもさることながら、独特な食文化には理由がある、という切り口が(食べてみたいとは思わないが)興味深い。


今は人口に膾炙した言いかたであるソウルフードについては「簡単に言えば、人から『差別される料理』のこと」「特徴としては①他所者を寄せ付けない独特な風味と味②高タンパク、高カロリー③一般地区では食べない食材の利用」と大胆に定義する。


「古い伝統に則った食物は、幼いころから食べていないと食べにくい。だから現代風にアレンジしたものの方が、一般的にはおいしく食べられる」というのが納得いくほど、独特な料理(≒文化)を紹介している。「アクの強い、食べにくい食材を手軽に食べやすくする方法は、とにかく油で揚げることだ」「少なくとも主食としては、コメを頂点として、ソテツは最下位に置かれている。本土はもちろん、粟国島沖縄本島からも見下されてきたのは間違いない」「アブラカスが一般地区では知られておらず、知っている人でも食べにくいと言われてきたのは、それが路地の料理であるという偏見と共に、その独特の風味が一般の人には食べつけない味だったからだ」「タブー意識から、焼き肉を含めた日本のホルモン料理と路地の関連が意図的、または無意識化で消し去られ、在日の食文化のみに特化して語られるようになってしまった」などは、唸らされる。


また、ホルモンの語源として、昔会社の上司に「放るもんだから」と言われたが、これに対しては「放るもんとホルモンの語呂合わせは面白いが、この説にはそれらを盛んに食べてきた路地の人びとと朝鮮人、ひいては在日に対する無意識化の蔑視を感じる。路地や在日の人は決して、捨ててあったものを食べていたわけではない。ルーツとして正しいのは、医学用語から取った」「オロチョンという聞き慣れない言葉は、どこか異国情緒を感じさせる。北海道ラーメンのブームのときに、定着したのだろう。しかし現在、北方少数民族のことをオロチョンと呼ぶのは蔑称にあたる」などは、知らないということの怖さを思わされる。


全体を通して、筆者の「食と文化」という考え方はかなり強烈である。「善悪で語れない、複雑に絡み合った日本社会を捉える視点として、『食事』は一つの糸口になる」「言語と同じように、いったん失われたものを復活させることも意外と難しい。食事もまた、手とり足とりして伝える口承文化の一形態といえるからだ」「身体と精神を分けて考えられないように、食もまた、味と精神性を切り離すことはできない。精神性の弱い料理はいくらおいしくても、どこか寂しく、うら哀しい。そして食後感は虚しくなる」などは、そこまで言うか!?というくらいの迫力がある(これは通読してみないと伝わらないと思う)。


文中に出てくる「食っていうのは、命そのものでしょう」という言葉をかみしめ、「いただきます」の一言をしっかりと言ってから食事をしたくなる。そんな不思議な一冊だ。まさに筆者が述べる「ソウルフード」のように独特の味わいがあり、繰り返し読む気力がわくかというと微妙だが、後を引く読後感がある。面白かった。