世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】マット・リドレー「繁栄(上下)」

今年2・3冊目読了。英国王立文芸協会フェロー、オックスフォード大学モードリン・カレッジ名誉フェローの筆者が、明日を切り拓くための人類10万年史を読み解く野心的な本。


人間が社会的学習に優れ、繁栄していることについて「大きな脳と模倣と言語自体では、繁栄や進歩や貧困を説明できない。ネアンデルタール人にも同じ特徴が見られるからだ」と通説を否定。「人間は交換によって『分業』を発見した。努力と才能を専門化させ、互いに利益を得るしくみだ」と斬り込み「交換がすばらしいのは、それがどんどん増殖するからで、交換をすればするほど、さらに多く交換できるようになり、それがイノベーションをもたらす」「イノベーションは世界を変えるが、それは、イノベーションが労働の分割を進めるのを助け、時間の分割を促すからに他ならない」「交換は他人に親切になるように教えてくれるのではなく、協力を求めるのが啓発された利己主義にかなうと気付かせてくれる」と主張する。


また、様々な事象に対して「自然淘汰とは保守的な作用なのだ。自然淘汰は種を変えるのではなく同じに保つのに多くの時間を費やす」「都市は交易のために存在する。そこは、人びとが自分の労働を分配し、専門家と交換を行うためにやってくる場所だ」「企業とは、人びとの一時的な集まりで、彼らが生産をするのを助け、それによってほかの人たちが消費するのを助けるものだ」「たいていの技術革新は既存のテクノロジーを改良する試みから生まれる」と、定義づけていく。


さらに、データから「社会の中で人びとが信頼し合えばし合うほど、その社会は繁栄する」「自由交易は繁栄を生むが、保護主義は貧困を生む」「国が健康になり、裕福になり、教育水準が上がり、都市化が進み、自由になるにつれて、その国の出生率は下がる」「地球上の90億の人びとにとっての持続可能な未来は、一人ひとりのニーズを満たすのに使う土地をできるだけ少なくすることから生まれる」と歴史を読み解いていく様は痛快ですらある。


人間の陥りがちな罠としては「人間は、ありがたみを感じるのではなく、欲望を持つようにプログラムされている」「過去の人間の爆発的な繁栄がたいてい無に帰したのは、イノベーションに充てる金額が少なすぎ、資産価値のインフレや戦争、政治腐敗、贅沢、盗賊行為で消えた金額が多すぎたためだ」「調理は性別による専門化を促す。最初にして最も根深い分業は、性別による分業だ」「強い政府は本質的に独占企業であり、独占はつねに自己満足と停滞と独善につながることだ」「マルサスの危機は人口増加の結果として直接生じるのではなく、専門化の衰退によって起こるのだ。自給自足の高まりは、文明がよくあつされている兆候であり、生活水準低下の尺度である」「人びとは一貫して自分個人に関しては楽観的である反面、社会全体に関しては悲観的だ」「壮大な目標や中央集権的な計画は、政治と同様、援助の世界でも長い悲惨な歴史を重ねてきた。計画する者の役割はボトムアップの進化を妨げないことにある」「いつの世も生息地の消失、公害、侵入してくる競争者、そして狩猟が、生態系の絶滅をもたらす四大原因なのだ。ところが有力な環境保護団体の多くが突如としてこれらの脅威に興味を失い、過去にも安定したことのない気候を安定させるという幻想を追いかけ始めている」などを挙げる。


筆者は、終始未来に対して楽観的な立場を取るが、その根拠として「悲観主義者の誤りは、とかく自分の知っていることを基準にものを考えてしまう点にある。未来をただ過去を大きくしただけのものと考えてしまうのだ」「テクノロジーの変化を考慮せずに未来を予測し、その悲惨な結果にたじろぐのは犯しがちな誤りだ」としたうえで「知識のすばらしい一面は、それがまぎれもなく無尽蔵であることだ。アイデアや発見、発明が枯渇するなど理論的にもありえない。これが私の楽観論を支えるいちばんの理由なのだ」と断じられると、確かになぁ…と納得してしまう。


イギリス人の筆者が触れている出生率の問題で気になるのは「説明のつかない例外は日本や韓国などで、まだ下がり続けている。このような国々は豊かになる過程で、女性がワークライフ・バランスを実現できる状況を整えられていないのだ」という指摘。出生率の問題を『世界規模からみて』も、こう指摘されるというのは、なかなか耳の痛い話だ。


コロナ禍の2021年においては「来たるべき数世紀に新たな病気が出現するのはまちがいないが、致死性と感染性の両方をそなえたものはごく限られるだろう。また病気を治療し予防する体制が整うのはますます迅速になるはずだ」の記述は勇気をもらえる。


上下巻のハードカバーながら、非常に興味深く、どんどん読み進めることができた。「ファクトフルネス」よりも、主張がしっかりとしたうえでデータ分析がなされているので、メッセージを読み解きやすい。個人的には、こちらのほうをお薦めしたい。これは良書だ。