世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジャルヴァース・R・ブッシュ、ロバート・J・マーシャク「対話型組織開発」

今年1冊目読了。サイモンフレイザー大学ビジネススクール教授とアメリカン大学公共政策大学院組織開発プログラム名誉上級研究員の筆者が、対話型組織開発の理論的系譜と実践についてまとめた一冊。


本書は「対話を通して、これまでの見方や前提、支配的な語られ方に創造的破壊が起き、自分たちの見方や前提に対する見直しと意味の形成がなされ、その過程で立ち現れる創発を通してイノベーションが起きる」という価値観に基づき、そのマインドセットの前提として「①現実と関係性は社会的に構成される②組織は意味を形成するシステムである③広い意味における言葉が重要である④変革を起こすには会話を変えなければならない⑤統一性を求める前に、違いを明らかにするための参加型の探求と積極的な関与の仕組みを構築する⑥グループと組織は絶え間なく自己組織化する⑦転換的な変革は、計画的というよりも、より創発的である⑧コンサルタントはプロセスの一部になる。プロセスから離れてはならない」を挙げる。


その変革プロセスとしては「①現在における現実の社会的構成に創造的破壊が生じ、より複雑な再組織化が行われる②1つまたは複数の核となるナラティブに変化が生じる③生成的イメージが導入されるか、または自然に表れ、思考と行動のための新しい説得力のある代替策を提供する」とし、対話型組織開発の活動内容を「①対話による相互作用の促進②ミーティングやイベントの設計と促進③戦略的プロセスの設計と促進」とする。


認知、理解についての洞察も鋭い。「人はテキストの意味を理解しようとしても、自分の言葉の範囲を超えることは理解できないのだ」「言語と先入観を介さず直接的に現実にアクセスすることはできない」「私たちは人との交流を通して、その人生が創り出される、関係性に依拠する生き物なのである。私たちの考え方、判断の仕方、知り方は、会話を通して維持され変化するのである」「間違いのない完璧な知覚などはあり得ないのであって、社会的および文化的形式が介在することなく、現実を直接的に知覚することは不可能なのである」


コミュニケーションについてのテクニック論として「目を合わさない方が、他者の意見に意識を集中しやすくなり、自分自身の内なる声も聞こえやすくなる」「すべての会話は、社会的現実を創出し、維持し、そして変革する一連の相互作用の一部なのである」「組織開発コンサルタントには高度なコミュニケーション能力が必要だが、対話型組織開発の目的は彼らのスキルを参加者に複製させることではない」「私たちがどのように問題に取り組むか、つまりどのように問題を定義するのか、そして自分たちに実現可能な解決方法をどのように見出すのかは、たいていの場合、意思決定者の気づかないところにあるメタファー思考によって導かれる」は、留意しておきたいところだ。


組織開発、変革の本質については「対話型組織開発は、組織の日常での語られ方が変わることを目指した、継続的で循環的な変革の取り組みである。一過性のイベントだけで、組織の日常での語られ方が抜本的に変わることは不可能だ。組織や職場での語られ方が変わるためには、マネジャーを中心とした人々のマインドセットが変わる必要がある」「組織の変化とは、組織内の会話の変化なのである」「転換的な変革とは、組織における『考え方』、『仕事の仕方』、『自身のあり方』の根本的な変化だと言える」と主張する。


では、どうすればよいのか。組織開発に関わるものが身に着けるべきスキルは「①さまざまなアクティビティに関して統一性のあるナラティブを構築するスキル②対話型ミーティングを立案・運営するスキル③自己への気づきと内省のスキル」であり、実際の変容を促す探求と対話は「第一段階:対話型探求の開始①混乱的ジレンマ②恐れ、怒り、罪悪感、羞恥の感情の自己吟味③前提に対する批判的評価。第二段階:対話型ジャーニーのファシリテーション④人の不満と変容のプロセスが共有されていることの認識⑤新たな役割、関係、アクションの選択肢の探索⑥一連のアクションの計画。第三段階:変容の継続⑦計画を実行するための知識と技術の獲得⑧新たな役割の試行⑨新たな役割と関係性における能力と自信の構築⑩自己の新たな視点が提示する条件に基づいた、生活への再統合」という流れを経る、と分析。
その探求を導くには、前提として「①私たちは関係的存在であり、常に関係性の中にいて、関係性を通して形作られる②組織開発において学習と変革は同義語である③学習の実践には好奇心と謙虚な姿勢が必須である④問いは必ずしも答えを得られなくてもよい」があり、その実践には「自分をさらけだす、正論を疑う:話と経験を結びつける、始点と終点を疑う、結果にこだわらない、意味を揺るがす:別の見方を提供する、パラドックスの影側に光を当てる、内部者の間に入る、普通の方法で異例のことをホストする、飛び込む」がある、と述べる。


人間、そして組織が陥りがちな「人々は変化そのものに抵抗するのではない。何かを失うことに抵抗するのだ」「私たちは純粋に合理性を追求するどころか、感情に流されやすく、多くの場合、組織の日常での不確実性に起因する不安に対して、無意識のうちに守りの姿勢を固めるように行動する」「その場の複雑性を無視した意思決定では、問題点が解決されることはない。結果的に、意見が通った者とそうでない者との権力争いが続くことになる」という点に十分に留意し、よりよい組織開発を行うことを提唱しているが、これは非常に難しい命題だ。


個人的には「学習者として生きるには、知識や信念、大前提について問う能力や、さらには、好奇心と可能性を見出そうとする目をもって、あらゆる出会いや状況にアプローチする能力が必要」「変革を体験するチームや組織においては、リーダーがリーダーとして変革のプロセスに積極的関与をすることが重要」「リーダーの役割は、実践する解決策を選ぶことではなく、最も有望と思われる複数の解決策に注目し、それらを支援し、強化すること」「個々のコミットメントの評価は、その結果ではなく、何かに挑戦したということに基づいて行うことが重要」のあたり、心に響く。


全体を通して、非常に重ったるい表現が多く、読むだけで疲弊しきる。到底読みこなしたとは言えず、ある程度組織開発に興味があってもこの読後感なのだから、興味のない人は手にするだけでも…という世界だろう。どちらかというと、ファシリテーターを生業とする人が辞書的に紐解いて読むような本なのだろうな。そもそも5,000円もする本なわけで、これは専門書に分類すべきだな…中身は骨太で重厚だが、到底お薦めはできない。一般使いには、もう少しライトな本でいいだろう。
ただ、全体像を俯瞰する、ということについては優れている。それは間違いない。