世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木下昌輝「信長 空白の百三十日」

今年143冊目読了。気鋭の歴史作家である筆者が、「信長公記」を丹念に読み解くことから、大胆な推理を述べる一冊。


とにかく、粘着質とも言える執拗な掘り下げが凄い。それだけ記録した「信長公記」の筆者・太田牛一の執念も異常だが、それを読み解こうとする筆者もまたかなり常軌を逸している。しかし、案外、新しい発見って、微細に物事を見る事で浮かび上がるのかな、とも感じる。


信長の気質については「織田信長はいくつかの精神の特徴な偏りがあると思っている。強すぎる完璧主義。アンガーマネジメントの欠如。激しい気分の浮き沈み」「信長にとって、公平さこそが自分の政道の基盤だった。厳格さを、信長は自身にも容赦なく課したようだ。あるいは、公平さやルールを厳守することに強迫観念を持っていたのかもしれない」「信長の怒りは、家臣たちのさらなる発奮を促す効果があった。信長は自分の感情をコントロールできない欠点を、部下を発奮させる武器に変えたのかもしれない」「信長の評価基準はとことんデジタルで、人の温もりや共感性に欠けている。能力を数値化して高い者を抜擢する。ただ、それだけだ。結果どうなるかというと、共感を欠いた人事がまかり通る」と、単なる魔王イメージとは違う観点から考察している。


その精神的な状態については「信長公記の空白の時期、信長は引きこもっていたのではないか。粛清するべき人間の多さに、信長は絶望し、鬱病になったのではないか」「信長はド・ゴールと同様、自閉スペクトラム症ではないか(特徴として、喧嘩好きで手に負えない性格、独断的でよく周囲の人を狼狽させた、砲弾が飛び交う困難な状況にあっても非人間的なまでに感情を欠いていた)」などの分析を展開する。


1582年、信長最後の一年についての分析も興味深い。「軍団長の高齢期と若年化が顕著だ。明智光秀67歳、柴田勝家61歳、羽柴秀吉46歳、織田信忠26歳、織田信孝25歳、滝川一益58歳。織田家の急速な拡大に、人材が追いついていない。充実しているのは、46歳の羽柴秀吉だ」は、全く気づかなかった。年齢、なんだかんだで重要だもんなぁ。


他の武将についても「武田信玄は名将と名高いが、本当にそうだろうか。孫子兵法書の無理解など見過ごし難い欠点がある。何より、後継者問題を解決せずに没したのはいただけない」「上杉謙信は、勝手に隠居し高野山を目指したり、後継者を決めずに没したり、家中を長期的にマネジメントする能力が決定的に欠けていた。が、戦争の強さは本物である。何より、自分を毘沙門天の化身と本当に信じていた」など、イメージを壊しつつも納得の提言をする。「謙信のように強烈な思い込みで突っ走るタイプは、長期的視野があるとは思えないが、案外に成功している。思い込む力の偉大さだろう」「信長や信玄は、謙信のようなタイプは苦手だったのではないか。武道には『狂者の剣避けがたし』という言葉がある。戦略戦術に沿って兵を動かす信長や信玄にとって、その場の思いつきで采配する謙信の次の策は読みづらい」も、面白い視点だ。


「細かい事実の積み上げ」が、新しい発見を生む。筆者の執念深さとも言うべき追いかけっぷりが、それを教えてくれる。戦国時代が好きなら、楽しく読める一冊だ。