世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】塩野誠「デジタルテクノロジーと国際政治の力学」

今年141冊目読了。経営者共創基板強度経営者・マネージングディレクターの筆者が、現代の政治とテクノロジーの関係、そして今後を読み解く一冊。


これは、本当に興味深い。断片的にニュースで読むのと、流れで通読するのでは、俯瞰的な理解が全く変わってくる。


現代の状況については「デジタルテクノロジーによって、民間企業であるデジタルプラットフォーマーが国民の行動や関心をリアルタイムで把握する事が可能になった世界」「多国籍テクノロジー企業の技術を、国家だけでなく非国家アクターである民間多国籍企業わ個人、テロリストや国際犯罪グループなどが、パワーとして欲している」「インターネットは1対1でも1対マスでも成立するコミュニケーションであり、メディアである。ユーザーの数の増加と共に価値も増大し、デジタルプラットフォーマーネットワーク効果を享受している」「デジタルテクノロジー企業は、規制を障害と考えずに、独裁的な経営者が素早く動き『まずはやってみて』、市場をつくった後に規制対応のコストを払ってきた」と観察する。


歴史の流れから読み解けることとしては「大国同士の貿易摩擦、そしてテクノロジーの争奪戦はこれまでの歴史上、幾度となく繰り返されており、テクノロジー後進国は必ず先進国から技術移転を行い、追い越していく」「国家の安全保障における『脅威』は技術移転の苗床となってきた」を挙げる。


デジタルテクノロジーの特殊性としては「攻撃を受けた側がアトリビューション(帰属)を補足することが困難なため、攻撃側が圧倒的に有利かつコストが低い非対称性を持つ」「権威主義国家は、民主主義国家より他国へのパワーの行使に有利であり、国内の政治においても強固な体制を構築することが可能だ」「一定の事業規模を確立した後は、サーバーのようなハードウェアへの投資が必要だとしても、製造業などに比べて極めて低い限界費用で顧客を獲得し続けることが可能」「何にでもログインができて支払いまで可能になれば、その利便性を失ってまで新しくIDとパスワードを設定することは煩わしい。こうしてユーザーはロックインされていく」「全員平等に完璧にできるまではスタートしない、という考え方より、完全でなくとも走りながら修正していく方がデジタルテクノロジーには向いている」などを指摘する。


コロナ禍とテクノロジー、政治の関係については「個人が、物理空間とサイバー空間の両方において政府に身を委ねてでも生き残ることを優先したのが2020年初頭から世界中で拡大した新型コロナウィルス」「ポピュリズムの台頭に自信を無くしつつある西側民主主義国家を尻目に、国家資本主義、共産党一党独裁政権である中国が経済的成功を収めると、人間に対し一定の制限をしながらも、効率的で安定した社会を構築している中国型のデジタルテクノロジー統治が魅力的に見えてくる。そして2020年の新型コロナウィルスの感染拡大防止に権威主義国家の監視テクノロジーが寄与したことが、自信を失う西側諸国により一層の揺らぎを与えた」と俯瞰する。


このような状況で大事にすべきなのは「民間企業も、重大なリスクを回避するためには、サイバー空間は正義の味方が不在の荒野だと認識し、自分が攻撃側であれば何をするかを想像することが求められる」「多極化した世界にとってこれまでの国際秩序や自由と民主主義は所与ではない。デジタルテクノロジーをまとった権威主義国家こそがこれからの世界の主役かもしれない」「我々は、支配者の権力を他の権力と均衡させることによってしはを制度上抑制できる方向に努力すべきだろう。その均衡の構築のためにも、テクノロジーの変化を前提として、国際協調とルールの構築を継続すべき」「社会の分断にテクノロジーは手を貸してしまっている。今こそ社会的弱者を取り残さないために、一人ひとりが謙虚に、テクノロジーが成し遂げたかった目的について考えるべき」と述べる。


では、日本はどうすべきか。筆者は「テクノロジーと安全保障分野で米中が対立するなか、各国が求めるテクノロジーのオプションとして、日本の地位が相対的に向上する」と、かなり大胆な読みをする。勿論、漫然とそうなるわけではなく「日本もデジタルテクノロジーの世界においては独裁者たちより早く動く必要がある」「日本にとって外部からのテクノロジーや才能の取り込みという点では、グローバルで見ればインド、東南アジアや白亜、中東亜に機会がある」「新型コロナウィルスによって世界が変わってしまったように、セーフも日本も簡単に変わるかもしれないのだ。日本も一人ひとりが平時にこそ危機の想定をすべき」「多極化する国際社会で日本政府と企業がすべきなのはアジェンダセッティングとルールメイキング」「ソートリーダー(Thought Leader)を排出するには、第一に『意思』があり、次に能力がある人間に多様性を付加するしかない。男性生え抜き社員で構成された日本企業のマネジメント層には意図的に異質な人間を登用する努力をすべき」と述べ、その結果として「米国が弱体化し、自由世界のリーダーの座を降りることや、デジタル権威主義の勃興によって、相対的に日本の自由、民主、人権などの価値は高まることだろう。気がついたら同じような監視ツールを入れたデジタル権威主義国家が世界中に増えていて、日本が自由主義セッティングと民主主義の取手になっているかもしれない」…いささかやり過ぎの感もあるが、このくらいダイナミックなことは考えるべきなのかもしれない。


「人間が技術を制御しようとする意志は、技術が人間の支配には手に負えなくなりそうであればあるほど、それだけいっそう執拗なものになる」というマルティン・ハイデガーの言葉が胸に刺さる。