世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】佐々木健一「辞書になった男」

今年99冊目読了。NHKディレクターの筆者が、一冊の辞書(明解国語辞典)を作ってきた二人が決別し、「三省堂国語辞典」と「新明解国語辞典」に分かれた経緯を、二人の人生を追う一冊。


もともとNHKBSプレミアムで放送したものを書籍化したのだが、これが実に面白い。辞書の面白さ、奥深さ、そしてそれに関わる人々の魂を生き生きと描き出している。


辞書の特徴として「国語辞書の個性とは、書き手の人格とも言い換えられる」「『新明解』は主観的で、時に長文・詳細解説が見られる。『三国』は客観的で、短文・簡潔解説が貫かれている」とし「客観的な記述を心掛けていたとしても、編纂者の人生経験や思想、考えていることなどがおのずと滲み出す」と指摘する。


辞書と言えば金田一京助、という思い込みにも「実態は明らかに名義貸しだったが、世間の評判は『金田一先生の辞書』だった」と暴き出す。
そのうえで、三国を編纂する見坊豪紀の「”ことばのイメージ”は生活とともにある。日常の体験の中にある。それをつかみとらなければならない」「小学生にもわかるように書く方が難しい。小学生や中学生にもわかり、かつ大人にも不足のないように説明する」「その時代の生きた現代語を残したい。では、何をもって現代語とするか?それを判定するためには、たくさんの用例が必要なんだ。だから、ただ闇雲に集めているんじゃない。これが現代語と言えるかどうか、その採否の見極めのために用例が必要なんだ」という哲学と、その用例収集という凄まじい努力を明らかにする。
他方、新明解を編纂する山田忠雄の「辞書界にはびこる盗用体質を誰よりも憎み、自分が理想とする特色ある辞書を世に送り出したい」という願い、「言い換えや堂々巡りをやめようと考え、長文もいとわず、ことばの本質を捉える」「ことばの表と裏の意味を明らかにすることが、不自由な伝達手段を使わなければならない宿命を背負った私たち人間に、真に求められていることではないか」という信念もまた、強く辞書に打ち出されている。


そして、その後「広辞苑は累計1200万部なのに対し、新明解は累計2000縵部。二倍近い差ではるかに新明解のほうが発行部数が多い」という状況になっていくのだが、そんな中でも編纂者たちは「辞書はあくまで”公器”」という矜持を持ち「辞書を攻撃する前に、日本語そのものを美しく育ててください。辞書はしぜんに美しく清潔になります」という思いを紡いでいく。筆者は「多様な世界観で捉えた、手のひらでおさまり、無限に広がる”宇宙”。それが『国語辞書』だった」と結論付ける。


二人が袂を分かった経緯はネタバレ回避で書かない。「ものにはプラスとマイナスの評価が相伴うものである、それが真の意味での具体的評価である」「モチベーションが必要なんだよ。なんとなくじゃ駄目なんだ」あたりは、十分に留意したいところ。


よのなか「【世の中】愛し合う人と憎み合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間」を生きるぼんじん「【凡人】自らを高める努力を怠ったり功名心を持ち合わせなかったりして、他に対する影響力が皆無のまま一生を終える人。〔マイホーム主義から脱することの出来ない大多数の庶民の意にも用いられる〕」としては、どくしょ「【読書】[研究調査のためや興味本位ではなく]教養のために書物を読むこと。〔寝ころがって読んだり、雑誌・週刊誌を読むことは、本来の読書には含まれない〕」をして自らを鍛えていこう、と思いを新たにした。なかなかな良書だ。面白かった。