世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】青柳正規「文化立国論」

今年98冊目読了。文化庁長官、国立西洋美術館長を務めた筆者が、日本のソフトパワーの底力とその活用方法について提言を述べる一冊。


筆者の出自から、おのずと自画自賛的になるのはまぁ仕方ない部分があるが、「文化」というもの、そしてその保全・発展ということを考えるには参考になる。


文化の定義を「衣食住の充足に上乗せするかたちで、日々の暮らしをより心地よく、より豊かにしてくれるもの」とし、「文化をはぐくむのは枠組みである。枠組みが限定され明確な輪郭を持っているほどに、そこで生まれた文化は深化し、成熟の度合いを深めていく。四方を海に囲まれた日本は、もともと地理的な枠組みがはっきりしている」と述べる。そのうえで「文化は国を豊かにすると同時に人を育てる。ところが日本の場合、戦後一貫して経済偏重でやってきたため、豊かさが偏っている。しかも文化がないどころか、世界に誇るべき文化があるにもかかわらず、そちらに目を向けてこなかった」と警鐘を鳴らす。


これまでの日本の豊潤な文化を作り上げた背景は「もともとの日本社会の穏やかさに加えて、外来文化による侵食が少なかったから」「日本人の精密・精巧志向は、宗教戦争や市民革命をひきおこすようなダイナミックなエネルギーではなく、一定の枠組みのなかでより精緻なものを生み出そうとするエネルギーの結晶。こうした暮らしのなかで自然に身に着けた品質へのこだわりは、日本人の代えがたい大きな財産」と読み解く。


他方、日本のおかれた現状については「基層文化をそこなうのはグローバル化による海外文化の流入ばかりではない。工業社会の進展と大都市の拡大、山村の過疎化など、自国内の変化によって基層文化は揺らぎかねない」「穏やかな循環文化に位置する伝統的日本文化と、欧米型寄りに位置する現代的日本文化。両者はこのままではさらに乖離するとともに伝統文化の衰退は避けられない」と問題点を指摘しつつ、「すでに評価の定まっているものには価値を見いだす反面、まだ評価の定まっていない新しいものには素っ気ないという傾向はあるにしても、芸術への関心はむしろ高い」とプラス面も評価する。


そのうえで、文化の保護・発展のためには「多くの産地をネットワークで結び、それぞれの産地がかかえる球状や問題点、それらに対するさまざまな取り組みなどの情報を共有することがまず重要」「文化を元気にするのは若い人であり、伝統文化に活力を与えるのも若い人たちが担う現代文化」「異質な文化どうしが結びつくことで新たなエネルギーが生まれる」「安定した穏やかな社会は、そのままでは停滞していく。そのため、社会が停滞しないように世の中をある意味でアジテートし、エネルギーを抽出するような役割を果たす芸術がどうしても必要になる」と述べる。


一般的な動きとして「人口とGDPは明確な相関関係にある」「現代のようにさまざまな分野で多様化が進むと、いろいろな意見や考えが錯綜し、ひとつの大きな運動としてまとまりにくくなる」「他国の文化やその多様性を尊重する動きがある反面、みずからのアイデンティティを文化に求めるあまり、偏狭な民族主義と結びつき、自国の文化についてその優位性や歴史の長さ、あるいは洗練度などをことさら強調するといった傾向もみられる」は、本当にそのとおりで、「文化多様性にひそむネガティブな側面は、文化が政治の具として露骨に利用されるようににあると、いっそう増幅する危険性があろう」という筆者の指摘はまさに正鵠を射ている。


最終的に筆者が提言する「日本文化は寡黙であるからこそ、その存続と発展のためにはインタープリターの存在が大切だ」「日本が文化立国を目指さなければならないのは、ポテンシャルとして伝統文化の強みはあるものの、弱体化は否定できず、活力を取り戻すには現代文化のパワーを必要とすること。そして、大都市と地方との格差拡大を是正するうえで文化が重要な役割を果たす」という視点は、コロナ禍に苦しむ現代の日本においても十分に生きると感じる。