世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】デズモンド・モリス「裸のサル」

今年97冊目読了。ロンドン動物園の鳥類学研究部門の長であった筆者が、動物学者の見地から人間とその行動を観察、動物としての人間の在り方を説くと共に、人間本位の社会観や価値観に警鐘を鳴らす一冊。


正直言って、文章は非常に回りくどく、読むのに苦労する。外国書は、もともとの文が悪いのか、はたまた翻訳者が悪いのか、ということを見抜きにくいのだが、翻訳者が日髙敏隆であってもこうなるのだから、もともとの文が読みにくいのだろう。


しかし、その主張は非常に面白い。「現在、世界には全部で193種のサルとヒトニザル(類人猿)がいる。その192種は身体が毛でおおわれている。例外なのは自称ホモサピエンスという裸のサルである」と痛烈な問題提起から書き始め、人間の生物的特徴に切り込んでいく。「われわれの祖先である地上性のサルは、すでに大きくて質の良い脳をもっていた。獲物を殺す力をふやすように作用する強い自然淘汰の圧力のもとで、決定的な変化がおこりはじめた。かれらはますます直立し、速く、うまく走れるようになっていった。」「高等霊長類の感覚装置の中では嗅覚にくらべて視覚がずっと勝っている。かれらの木登り生活においては、良く見えるということはよく嗅げるということよりずっと重要であるから、鼻先はぐっと短くなって、眼の視界が広がっている。食物の探索にあたって果実の色は有力な手掛かりであるから、霊長類は肉食類とちがって、よい色彩視覚を進化させてきた。かれらの眼は、静止しているものの細部をとらえる点でも食肉類の眼よりすぐれている。」「狩りこそわれわれの祖先の新しい生活様式でもっとも重要な側面の一つだったことを考えると、毛の減少・汗腺の増加・皮下脂肪層の発達という三つの組み合わせは、たえず重労働しつつあったわれわれの祖先に、まさにかれらの望みのものを与えた」あたりは、今の人間の特性を理解するうえで重要だ。


教育、育児についても興味深い。「赤ん坊は泣き声をあげる。原因は結局二つの重要な要因に煮詰めることができる。肉体的な苦痛と不安である」「子どもが親に依存する機関が極端に長いのと、かれらの要求がきわめて多いために、メスはほとんどいつも巣の根拠地にしばりつけられていることになる」「前の世代によって工夫された特別なテクニックを模倣し学習する時間がたっぷりある。肉体的、本能的狩人としてのかれの弱点は、かれの知能と模倣能力によって、十二分に補償されている。かれは、どんな動物も教わったことがないほど多くのものを両親から教わることができたのだ」のあたりは面白い、で済む。
しかし「社会の習慣と”信念”を変えることがきわめて難しいのは、われわれが(たくみにかくされた本能的な衝動とともに)これらの刷り込みにどうしようもなくしたがっているから」「われわれは価値ある事実とともに、偏った意見を聞くように強いられている」は、本当に気をつけなければいけないし、そうしないと気付けない。


遊び、探求については、ヨハン・ホイジンガホモ・ルーデンス」でも指摘されていることで、なるほどと感じる。「裸のサルは、おとなになってもよく遊ぶサルである。遊びはかれらの探索好きな性質のあらわれである」「われわれは探究することをけっして止めない。われわれはうまく生活できるだけではけっして満足しない。われわれが発する問いは、必ずほかの問いを引き出す。このことがわれわれの種の存続の最大の秘訣となっている」「遊びの規則は次のように述べることができる。①見慣れないものは、見慣れるまで探究する②見慣れたものについては、探究をリズミカルに繰り返す③この繰り返しはできるだけ多くの方法で行う④これらのバリエーションのうちからもっとも満足のいくものをえらび、それを他の犠牲において発展させる⑤これらのバリエーションを互いに何度も結びつける⑥これらすべてはそれ自身のために、それ自身を目的として行う」


闘いについては「動物は、2つのきわめて立派な理由のために闘う。順位制のもとで自分の優位を確立するためか、さもなくば、ある一定の地域に自分のなわばりを確立するためか、である」「互いに助け合おうとする強い衝動は、種内闘争のなりゆきに対して強い関心をよせされるようになった。狩りに対する忠誠は、闘いにおける忠誠となり、戦争が発生した。皮肉なことに、仲間を助けようとする根強い衝動の進化こそ、戦争という大惨事のすべての原因なのである」という鋭い洞察と共に「何か特定のモノを必死になって”蒐集”するマニアは、何らかの理由のために、こうした方法で自分のなわばりを明確にする以上に強い必要性を感じている」は、へぇ、なるほどと感じる。


その他「われわれは苦しいと身体をゆする。そうすることによって、かれは子宮内でのかつてのなつかしいひびきにひたることができるのだ。いかなる場合でも、不安を感じるとき、われわれは快い心搏のリズムを一種の気晴らしと感じることが多い」という行動特性も興味深いが、2020年というコロナ禍において強く関心を惹かれたのが「毛づくろい談話は、われわれの社会的毛づくろい活動のもっとも重要な代理物」であり、「毛づくろい談話をしたいという衝動は極めて強いから、それをおさえるために事務的な群れは、その会合の形式性を何らかの方法で高めざるをえないのがふつうである」のあたり。生物学的に考えると、どれだけバーチャルが発達しても、人間はリアルから(少なくとも数十世代を経ないと)進歩できないのではないか、と感じる。


「ヒトをサルとして認知する」のをはじめとし、独特な表現による読みにくさはあるものの、非常に面白かった。