世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】近代食文化研究会「お好み焼きの物語」

今年95冊目読了。日本近代食文化史の研究を専業とする筆者(近代食文化研究会、はわかりやすさを優先してつけたペンネーム)が、執念の調査で戦前史を通じてお好み焼きの誕生・進化を解き明かす一冊。


お好み焼きは大阪や広島の文化」という固定概念を大きく覆す、非常に興味深い本。人間は、過去を忘れ、今のイメージにとらわれやすい、ということは重々承知しているが、よもやまさか、お好み焼きでそれを痛感するとは思わなかった。


そもそも、お好み焼きの起源からして、「明治時代末の東京の下町で生まれた、子供向けの屋台料理」というのだから衝撃だ。「お好み焼きは、えび天、いか天、牛天などを総称するグループ名」「お好み焼きとは本来、子供を相手の一品料理の真似事」だなんて、本当に驚きだ。


お好み焼きの前身である「文字焼きとは、水溶き小麦粉を焼くことで、動物などの形態を模写する大道芸的な屋台であった」。もともと江戸時代にあったものであるが、明治時代になると変化を遂げる。「①籠の鳥やおはちなど、複雑な立体造形を指向するようになった②材料として餡を使うようになった③花鳥草木や文字だけでなく、蕎麦、桜餅、柏餅、吸物などの食べ物もモチーフにするようになった④担ぎ屋台から、車輪がついた引き屋台になった」。しかし「明治時代半ばになると、小麦粉を使った三次元の立体造形+餡という、屋台の高度な文字焼作品に対し、強力なライバルが現れる。人形焼きや鯛焼きなどの、鋳鉄の型を使った焼き菓子であった」。「やがて文字焼はやむをえず、追い込まれてお好み焼きに姿を変えた。焼型を使った焼き菓子にはまねできない、一品料理のパロディという新境地を開いたのだ。だが、皮肉なことに、この転身によって文字焼=お好み焼きの寿命は格段に延びた」。
「現代の全てのお好み焼きの祖先は天ぷらのパロディー料理である」「明示30年代、文字焼きの衰退に悩んでいた屋台の主人たちは、当時流行していた洋食の屋台にヒントを得て、子供洋食たるお好み焼きに転業していったのではないか」との指摘は、にわかには信じがたいが、豊富な文献資料の前に、なるほどと思わざるを得ない。


ソースをかける理由にも、唸らされる。「当時の日本人にとって、洋食とはすなわちウスターソースがかかっているものであり、逆に言えばウスターソースさえかかっていれば、それが洋食であると認識したのである」「初期のソース製造には醤油会社が絡んでいる。このころの英米ウスターソースは醤油を原料としていたので、醤油会社がソースを製造するのは当然の話」とは…


お好み焼きの地域性についても驚くしかない。「江戸=東京が圧倒的な強みをもっていた分野が、下層階級の屋台食文化、路上のファーストフード」「戦前の東京が得意としたのは路上グルメのほかに西洋料理と支那料理」であり、「天ものが明治末から大正初期の東京において誕生すると、大正後期から昭和初期にかけて、またたくまに日本各地に広がっていった」という事実は、本当に驚く。「路上グルメ養成機関という役目は、他の都市ではあまり見られない東京の特徴だ。他の都市で同様の例を探しても、全国区で成功しているのは関西の屋台発祥のたこ焼ぐらいしかない。そしてそれは、江戸から続く伝統でもある。握り鮨や天ぷらが、江戸の路上の屋台から生まれたことはよく知られた史実」と言われればそうなのだが…


お好み焼きの語源も、興味深い。「客が鉄板の上で、水溶き小麦粉を使って好きに絵を描いて遊ぶからお好み焼きと名前が付いた、という俗説は誤りである。おそらくは、客のお好みに応じて、和洋中多彩な一品料理を焼いて作ります、というのがお好み焼きの語源ではないか」というのだ。そして「明治時代に駄菓子屋が文字焼きを取り込み、火鉢に焼板を載せ子供に文字焼きを焼かせる商売を始める。ここに文字焼きは、職人が高度な技術を披露し形態模写を行うとともに、子供にも焼かせる屋台文字焼きと、子供が自分で焼くだけの駄菓子屋文字焼きに別れる。前者が後のお好み焼きであり、後者がもんじゃ焼の先祖となる」とし、文字焼きがもんじゃ焼になった、というのも面白い。


余談のソース焼きそばの話も、なかなか。「大正末もしくは昭和はじめにお好み焼きのメニュー=中華料理の炒麺のパロディとして誕生したソース焼きそばだったが、専門の屋台までができるようになった」「東京以外の土地において、戦前にソース焼きそばが広まらなかった理由。それは、中華麺を容易に入手できる環境が整っていたのが、東京のみであったからと推測する」というのは説得力がある。


過去、友人たちから『お好み焼きは大阪人の魂だ』的なことを言われてきた記憶があるが、ぜひこの本を突き付けてみたい(笑)。それにしても、よくもここまで調べたものだ。筆者の「プロフェッショナルとしての専門性を持つためには、さらに分野を絞って、深掘りしなければならない」は大事な姿勢だと感じる。