世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木曽功「世界遺産ビジネス」

今年86冊目読了。元ユネスコ日本政府代表部特命全権大使の筆者が、世界遺産登録の実態や、世界遺産に介入する政治問題に警鐘を鳴らす一冊。


筆者が述べるとおり「世界遺産ユネスコの大ヒット作」。だが、「本来の目的は、保護・保存」であるにも関わらず、「世界遺産には、観光資源になるなどの様々な経済的メリットがあるため、登録に際して膨大なエネルギーを要するという観点から、今や巨大なビジネスになっている」と指摘する。


実際に世界遺産登録に関わってきた筆者だからこそ、見つめてきた裏舞台は実に生々しい。「登録を目指す時、もっとも重要となってくるのは、説得力のある推薦書を書けるかどうか」「世界遺産の過熱化は、難関突破のための新たなビジネス、コンサルティング業を生んだ」「世界遺産の推薦枠をめぐってもバトルははげしくなるばかり。今や推薦したものが登録されるかどうかという以前に、推薦を受け付けてもらえるか、1枠をどうやって確保するかというシビアな世界」もどうかと思うが、「日本がロビイングをする時、発展途上国は非常に協力的。その大きな理由はODA」となると、筆者も書いているとおり「お金で買っているとも言えるわけで、そう考えると心中複雑」。その他、韓国の激しい政治利用と、それに対する外務省の弱腰のあたりは、「政治決着とは、世界遺産に政治問題をリンクさせることに他ならない」と筆者が憤りを覚えるとおりと感じる。


また、文化遺産の諮問機関であるICOMOSについても「最大の問題は、ヨーロッパ中心主義。これは無意識に形成され、自らの無謬を疑っていないので、価値観を変えさせるのは容易ではない」「ICOMOSにお金がないことが、世界遺産の審査に非常に悪い影響を及ぼしている」と指摘。恥ずかしながら、自然遺産を審査するIUCNの「会員は個人ではなく国や政府機関。個人の会費だけで運営しているイコモスとは、財政基盤が違う」とは、知らなかった…救いなのは「イコモスの専門家も政治的圧力を非常に嫌うので、ロビイングはかえって逆効果」ということ。


筆者は、「20世紀後半以降、世界は急速な近代化とともにグローバリゼーションが進んできて、文化が単一化の方向に進んだ。その結果、各地の固有の文化が失われつつある」ことを懸念。世界遺産という枠組みを最大限に活用するためにも「ロビイングをして登録しないと損だという今の状態をどこかで改めないと、いずれ世界遺産のブランド価値がなくなってしまう」「すべての加盟国に適用されるロビイング禁止規定を作るべき」と提唱する。人によっては、お前もやってたくせに何を盗人猛々しい、と感じるかもしれない。しかし、渦中にいてその歪みをヒシヒシと感じた人だからこそできる提案、と考えるべきではなかろうか。


筆者の「世界遺産を守る究極の目的は人間のため。最終的に人間のために世界遺産の制度があるとすれば、人間の営為との妥協の中で遺産を守っていくしかない」「世界遺産は心を豊かにする。文化遺産は、われわれ人類が生きてきた証。自然遺産は、地球が生きている証。そんな素晴らしいもの、美しいものが、本当に奇跡的に残っている」という見解には、大いに賛同する。
世界遺産の裏舞台から、抱える問題点を鋭く抉り出す良書。世界遺産に興味があるなら、必読書だ。