世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】山本太郎「感染症と文明」

今年68冊目読了。長崎大学熱帯医学研究所教授にして、アフリカやハイチなどで感染症対策に従事した筆者が、感染症との戦いの行方は共生しかないのではないか、と提言する一冊。


2011年に執筆されているが、コロナ禍真っただ中の2020年にこそ読みごたえがあるといえる。もちろん、感染症がすぐそこに存在するという世の中の苦しさを痛感している中では「根絶してくれよ…」と思う。しかし、著者は無情にも「根絶は根本的な解決策とはなりえない。病原体との共生が必要だ。理想的な適応を意味するものではなく、私たち人類にとって決して心地よいものでないとしても」とバッサリと述べる。


感染症の特性としては「急性感染症は隔離された小規模な人口集団では流行を維持できない」「定住地において、人々が排泄する糞便は、居住地の周囲に集積される。それによって寄生虫の感染環が確立する」「感染症と文明には基本構造がある。文明は感染症のゆりかごとして機能する。文明のなかで育まれた感染症は、生物学的障壁として文明を保護する役割を担う。文明は、文明の拡大を通して周辺の感染症を取り込み、自らの疾病レパートリーを増大させる。疾病の存在が社会のあり方に影響を与える」と斬り込む。


歴史的な疫病のポイントとしては「11世紀から14世紀にかけ、ユーラシア大陸の両端に位置する中国とヨーロッパで人口が急増した。また、大陸を結ぶ交通網がキリスト紀元の頃とは異なる規模で発達したことで、ペストが大流行した」「旧世界と新世界の接触は、感染症をもつものともたざるものの遭遇」「第一次大戦で、アフリカにおける列強の代理戦争がインフルエンザ拡大の土壌を提供し、植民地経営の屋台骨を支えた鉄道がインフルエンザを運んだ」と指摘する。


現状については「交通の発達と人口の増加は、いつの時代においても疫学的平衡に対する最大の攪乱要因」「開発が環境改変を目的とする限り、開発がどのようなものであれ、疫学的均衡はある種の攪乱を受ける。その結果、社会の疾病構造は良くも悪くも変化する」としたうえで、今後について「感染症のない社会を作ろうとする努力は、すればするほど、破滅的な悲劇の幕開けを準備することになるのかもしれない。大惨事を保全しないためには、共生の考え方が必要になる。重要なことは、いつの時代においても、達成された適応は、決して心地よいとはいえない妥協の産物で、どんな適応も完全で最終的なものでありえないということを理解することだろう。心地よい適応は、次の悲劇の始まりに過ぎないのだから」と明言されると、本当に暗澹たる気持ちになる。


しかし、考えてみると、自然を打ち破ろうという人類の傲慢な姿勢が現状を招いたとも考えられる。結局、現状を受け入れ、適応しながら前を向くしかないのだろう。ここで留意すべきは「諦める」のではなく「適応する」という心構えだと思う。筆者が述べているとおり「助かるはずもないという諦めが、無気力と抑うつをもたらし、しばしば、人間を死に至らしめる」のだから。適応しても、何をしても、命あっての物種。そう感じさせてくれる。コロナ禍で、必読の一冊といえる。