世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】パラグ・カンナ「接続性の地政学(上下)」

今年59・60冊目読了。シンガポール国立大学公共政策大学院の上級研究員にして、アメリカ地理学会顧問の著者が、地政学からグローバリズムの先にある世界を見通す本。


「世界をまとめる新たな枠組みとして、接続性が分割に変わった。我々の時代において最も有効な政治力は権限委譲」と指摘。つながるインフラの重要性について「メガインフラは自然の地理と政治的地理がそれぞれ抱えている問題点を克服する。政治的な枠組みで世界を整理する時代から、機能的な枠組みで世界を整理する時代へと推移している」「インフラは休むことなく運用されなければ誰にも価値をもたらさない」「インフラ投資とは一回限りのものではなく、注意深く育てていくべき一連の接続幹線」と述べる。


人の動きについては「サプライチェーンが人に届かない地域では、人の方がサプライチェーンの近くに移住する」「都市化が進み、自由に移動ができる、テクノロジーにあふれた若い世界は、不確実性、引き寄せる力、相関性、それに効力の概念などを用いるほうがうまく説明できる」と述べる。


都市については「生産性を上げるよう、集まった人をさまざまな労働に分配するためのインフラ」「人類の文明化を強力に推進し、人々をまとめ上げて、さまざまな可能性を平和的に追求させる力を持つ」と読み解く。


国家についても、かなり大胆な提言をしている。「従来、戦略的重要性は領土の広さと軍事力で測られてきたが、今日の力の大きさは接続性の範囲においてどれだけの影響をおよぼせるかに左右される」「サプライチェーンの世界が誕生するために、国境線はひとつも消滅する必要はない。むしろ、まさにこの政治的な境界線の増加により、機能的なつながりはこれまで以上に必要とされる」「国をまとめるために必要なのは政治的な権限移譲、インフラへの投資、そして互恵的な資源開発」「権限移譲の対象として選ばれるための基準は、国家の主権かどうかはともかく権力をもつ集合体であること、そして法的に独立しているかどうかはともかくとして自己利益を追求するための自治を行っていること」と述べる。


戦争に関しても、独特な観点を示す。「戦争の主役は軍隊と同盟であるのに対し、綱引きの主役は都市と企業だ」「抑止力は武力衝突が起きる危険性を大幅に上昇させ、経済的誘因は危機の増大よりも現状維持や統合と関連している」「戦争は一時期の出来事だ。一方、ネットワークの構築は一連の過程である」などは、なかなか面白いと感じる。


今後のパワーゲームについても「世界規模での綱引きでの勝者と敗者の差は、貧富によるものではなく、新しいものを受け入れるかどうか」「水平+垂直=右肩上がり。競技の参加者たちは製造と流通の水平結節点かつ価値創造の垂直中心点になりたいと思っている。そのふたつは、経済複雑性のはしごを右肩上がりに上るための原動力になる」「硬直したイデオロギーの原理よりも費用便益計算に基づいた決断のほうが和解、譲歩、共存が生まれやすく、そして互いを受け入れやすくなる。その結果、道徳主義者が追求していた目標をより早く、しかもより発展したかたちで達成できる」と考えている。「都市とサプライチェーンの選択を正しく行ったことが、中国が今日、世界最大の経済大国となった最大の理由」「出生率が人口置換水準を下回っているヨーロッパや日本、その他の高齢化社会に残された選択肢は、移民の受け入れか、消滅だ」という指摘も、なかなか。


今後の中心となりうる場所として「海上輸送の分野では、ひとつだけフロンティアが残されている。それは効率性の点で現在最も輸送量の多い海域に匹敵する場所、すなわち北極海」「世界の都市のうち、物資・サービス・金融・人間・データ全てに関して主要ハブと呼べるのは、ニューヨーク、ロンドン、香港、東京、シンガポール、ドバイ」「ラテンアメリカメキシコシティサンパウロ、アフリカのラゴスとカイロを除けば、世界で特に人口の多い都市はすべてアジアにある」は、かなり驚きの指摘だ。こんな捉え方があるのか…


将来の見通しも、なかなか鋭い。「多くの人間の雇用を確保する必要がある政府は、ハードとソフト、両方のインフラに注目すべきだ。この場合のソフトとは、小売業、製造業、観光業、教育、ヘルスケアなど、近い将来に自動化される恐れのない、代替不可能な分野を意味する」「排他的思考は最も確実な自殺方法だ」「反のつく運動はどれも敗北を義務付けられている」「接続性が確立されると、同時にあらゆる煩雑さと不確実さが増大することは間違いない。しかし、ひとつ確かなのは、明日も今日と同じように過ぎると確信できるような場所は、普通我々がいたいとはあまり思わないような場所だ」「危機や不確実性という問題に対する解決策を提供するのは国境ではなく、より多くのつながりだ。しかし、ボーダーレスな世界から利益を享受したければ、まずそれを構築する必要がある」など、コロナ前であれば、なるほど納得ができる主張である。


…しかし。よくよく考えてみると、新型コロナウィルス(COVID-19)なんていうのは、所詮数年スパンの問題であり、長期的レンジで見ると上記傾向が揺らぐようなものではないのかもしれない。そうなると、コロナごときで大騒ぎしている我々は、まさに「接続性のマジック」に陥っており、いかにそれを取り戻すか、に「中長期的視野に立って」考えるべき、なのかもしれない。


普通に読んでも抜群に面白いが、コロナ禍の今だからこそ、読み応えが増す。そんな本だ。