今年52冊目読了。人気ベストセラー作家が、ある音楽家とジャーナリストの数奇な運命の絡み合いを通して人生を描き出した一冊。
基本的に小説は読まないのだが、これは大学時代の朋友が薦めてくれたので、図書館で数か月待ってようやく読んでみた。実際に読んでみると、これが実に面白い。久々に「本の続きが読みたくて仕方なく、夜更かしをしてしまう」という事態に陥った。それだけ、一気に読ませる力のある本だ。
息もつかせぬストーリー展開、音楽が耳に届くような筆致、巧みな情景表現。そのあたりは、実際に読んでいただくとして、その中で出てくるフレーズが色々と心に響く。
筆者の時制に対する捉え方は非常に好きだ。「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」というのは、意味づけをする生き物である人間の本質に迫るものである。また、「自由意志というのは、未来に対してはなくてはならない希望だ。自分くらいは、何かが出来るはずだと、人間は信じる必要がある。しかし、だからこそ、過去に対しては悔恨となる。何か出来たはずではなかったか、と。運命論の方が、慰めになることもある。」も、人間の可能性とそれ故の苦悩を浮き彫りにしている。
現代に対する抉り込みも、深い。「人間の疲労。これは、歴史的な、決定的な変化なんじゃないか?人類は今後、未来永劫、疲れた存在であり続ける。誰もが、機会だの、コンピューターだののテンポに巻き込まれて、五感を喧騒に直接揉みしだかれながら、毎日をフーフー言って生きている。痛ましいほど必死に。そうしてほとんど、死によってしか齎されない完全な静寂。」というのは、確かにそのとおりだと感じる。
そして、人間の暗い側面への深い洞察がまた、心にしみる。「孤独というのは、つまりは、この世界への影響力の欠如の意識だった。自分の存在が、他者に対して、まったく影響を持ち得ないということ。持ち得なかったと知ること。」「他と比べて、自分はまだマシだったとか、そういう相対的な見方は、所詮は加害者同士の醜い目配せ。被害者っていうのは、決して相対化されない、絶対的な存在」のあたりは、孤独と絶望、そしてそれへの向き合い方に大きな示唆を与えてくれる。
コロナ禍の現代においては「人に決断を促すのは、明るい未来への積極的な夢であるより、遥かにむしろ、何もしないで現状に留まり続けることの不安だった」の言葉を大事に、前に進もうと思う。これは、本当にお薦めの一冊だ。