世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】岩田健太郎「新型コロナウィルスの真実」

今年42冊目読了。神戸大学大学院医学研究科教授にして、感染症の専門家である筆者が、感染症対策の鉄則と今回の新型コロナウィルス対策について述べた一冊。


ダイヤモンド・プリンセス号へ乗り込んで、その内情を告発した動画などにより賛否両論の著者。しかし、この本を読んでみると、非常にしっかりとした人生哲学、仕事哲学を持ちながら活動をしていることがわかる。


その生きる構えとして非常に共感できるのが「個別イシューに入り込むのではなくて、まずは情報を集めること、知識を身に付けること」「新しい情報が入ってきたら、それは知らなかった、と考え方を変えるのが当然」「予想したものと、あるいは期待したものと違う不都合な事実であったとしても、事実を見ることから逃げちゃダメ」「自分たちは間違っているかもしれない、という健全な猜疑心は失敗を防止する非常によい考え方」「正しいかどうかとは関係なく、多様性は保持することこそが大事」「知っていることとできることは意味が違う」のあたりは、本当にそのとおりだと感じる。本や文章を読むにあたり、基礎的な人生哲学が危ういか、しっかりしているかというのは重要なファクターであるなぁ。


本題の感染症については「感染経路を見つけて、遮断することが、感染対策のイロハ」「ウィルスがどこにいるか分からないのなら、どこにでもウィルスがいる前提で考えるほうに発想を変える」「先手を打って、こういうふうに拡がってくるだろうな、という予測をして、前もって病気の拡大をピシッと止める。これが感染症予防の鉄則」と述べる。


いろいろと言われている新型コロナウィルスのCPR検査については「残念ながら検査で分かるのは新型コロナウィルスに罹っていることであって、罹っていないことは証明できません」とし「正しく診断するという方法論に無理がある以上、正しく判断する戦略を取るしかありません。できっこないことにすがるより、我々はできることで勝負するべき」とバッサリ断言する。「検査はよく間違える」という事実に目を背け、不安を回避することばかりに執着すると、検査を増やして安心したい、という論調になるのはわかるが、実効性があるのは何か?ということに集中することで、そのような議論に入り込まなくなるということだな。


医療対策についても、ベッド数、機器数などが叫ばれる中で「今あるリソースを最大限活用するうえでまず一番大事なことは、人を失わないこと」「危機管理のときには絶対に頑張って疲労をためてはいけない。危機管理の時こそ、余裕を持っていないといけない」は、議論ですっ飛ばされていると感じる。ここが、何よりの基本だよな。


具体的な対策としては「疲れている人は休養、寝不足の人は睡眠、栄養が足りていない人は栄養、運動していない人は適度な運動と、普通のことをするしかない。免疫力はメンテナンスするものであって、アップするものではない」「とにかく一番大事なものは、手。手指消毒を徹底することで、自分が感染するリスクを確実に減らすことができる」「我々が求めるべきは、より低いリスクであって、ゼロリスクではない」「『正しく判断する』には、ただアルゴリズムとして厚労省の基準に従いましょうということではダメで、自分で頭を使って考えなきゃいけない」と述べるあたり、あぁ、この人は本当に合理的だなぁと思う。そうであるが故に、納得できる。


日本の問題点に対しても、歯に衣着せぬ物言い。「責任を取りたくないし、そもそも自分の頭で考えるのが嫌いだから、誰かに判断してほしい」「日本のメディアは、視聴者が見たいコンテンツ、読者が読みたいコンテンツを提供することこそが自分たちの使命だと思っている。『不快だけど、これが事実なんです』というものを示すよりも、『そうそう、こういうのが見たかったんだよ』というニーズに応えようとしている」「『本当はどうなっているか』はどうでもよくて、『自分たちは正しい』という結論を土台にしたがる」「日本の一番いけないのは、政府がパニックに乗っちゃうところ」など、自分を振り返ってみても耳の痛い指摘がある。留意しなければならない。


最終章において、心構えについて述べているのだが、これまた非常に首肯できる内容だ。「不安に思うべきところは、不安なままでいいんです。不安にならなきゃいけないシチュエーションで麻薬を打って安心したら、より危険になるんです」は、安全を追わずに根拠のない安心を追い求めることへの強い警鐘を鳴らしており、まったくそのとおりだと感じる。人間は、不安を逃れることに強く執着するので、どうしても安心に逃げ込んでしまいがちだからなぁ。「事実を直視して、そこから逃げないことを勇気と呼ぶのです」も、『今、ここ』に集中する心構えとして大事なことだ。「ぼくたちはもっと間違いに寛容であるべきです」も、失敗を許さない→失敗を隠ぺいする→より大きな失敗を産む、という悪魔のスパイラルに嵌まり込む傾向の強い我々にとっては大事な心構えだ。他方「寛容である、には唯一の例外があります。不寛容に対しては、絶対に不寛容であるべきです」も、強く同意する。差別は、人類の歴史上で悲劇しか生んでこなかったし、そこに陥ることこそ安易な安心への逃亡である。
「『頭がいい、悪い』というのは、『考え続けるか、続けないか』のことであって、タスクをこなす処理スピードの問題ではない」も、激しく同意。ハンナ・アーレントの「考えるとは注意深く直面し、抵抗すること」を引くまでもなく。この異常時においても思考停止に陥るな、という強いメッセージを感じる。


新書でさらりと読めたが、非常に納得がいき、かつ考えさせられる。おすすめの一冊だ。