世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】村上陽一郎「ペスト大流行」

今年41冊目読了。東京大学名誉教授(科学思想史専攻)の著者が、古代以来のペストの流行を辿りつつ、14世紀に大流行したペストがヨーロッパ中世の崩壊をもたらした経緯を明らかにする一冊。


全般的には「教授が自分の専攻分野についてつらつらと述べる」形の、いわゆる「かったるい」本であるのだが、なにせ新型コロナウィルス(COVID-19)大流行の2020年においては学ぶべきこともあろうと読んでみた。


ペストを感染症と読み替えると、色々と現代にも共通するものがある。「ペストの流行に一種のパニック状態になった人々の間には、日頃憎しみを抱いている相手をスケープゴートに仕立て上げる風潮が生まれた」「黒死病という厄災に直面して、人々のとった行動様式には、二つの極端があった。その一つは、不可避の死を前に、為残したあらゆるこの世の快楽と放縦とに身をゆだねようとする態度であり、もう一つは、ペスト流行を神の怒りの顕現と看做し、人間が重ねてきた罪に対する懲罰として理解し、厳しい贖罪行為に身を任せようとする態度であった」あたりは、なんとなく理解できる感じがある。


そして、ペストが去った後に、どのような変化が起こったのか。これについては「賃金労働者の発生をもって資本主義の発生と看做す、というのは昔懐かしい資本主義の定義だが、もしこれを正直にとるとすれば、黒死病は、少なくとも資本主義の発生に決定的なギアを入れた」「黒死病は、すでに見えていたさまざまな次の時代への予表を的確に取り上げ強化する働きをした」「学問の分野での古典尊重主義は、明らかに黒死病後一面では揺るぎを見せた」のあたりが参考になる。今に置き換えると、新型コロナウィルス(COVID-19)そのものがどうこう、というより、21世紀に入って、20世紀システムを大きく変化させねばならない状況にあったものが、一気にその軋みなどを取り払って21世紀システムに突っ込んでいく、という理解ができるだろう。そうなると、懐古主義、「いつかもとに戻る」という考えがいかに危ういかが明確になる。


「死を忘れるな」は、黒死病後の最大の標語である、と著者は述べるが、これは今の人類が忘れてしまった姿勢でもある。他者と関わり合うことが人間を人間たらしめているにも関わらず、それを分断されている状況では、死そのもの、というより、人間の「生きざま」が揺るがされているようにも感じる。


では、この災厄にどう向き合うべきか。「ペストが単なる偶発事であったにしても、あるいは、神の天啓であったとしても、人間に対する一つの確かな試練を提供し、人間の本性の最も根本的な基本を見究めるための材料を与え得ることになった」という、いかにも学者らしい迂遠な表現ではあるものの、その趣旨には同意。そのうえで、「未曾有の異常な時間も、歴史のなかに飲み込まれてしまえば、一つのエピソードにすぎないものである」ということに留意しながら、「今を、未来に向けて生きる」ことに真摯でありたいものだ。