世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【2冊の「ペスト」比較。】

新型コロナウィルス(COVID-19)が流行していることから、ダニエル・デフォー「ペスト」とカミュ「ペスト」を読んでみた。その2冊を読み比べて、感じたこと。


ダニエル・デフォー「ペスト」の特徴>
・事実ベース。
 →とにかく、死者数を含めて数字など、事実データにこだわる筆致。
・主人公の独白で成り立つ。
 →ポイントポイントで登場人物は出てくるものの、結局は「その登場人物を主人公の眼から見つめる」という書き方になっている。
・時間軸に基づく話の推移となっている。
 →生き方を通して大きなメッセージを伝える、という形にはなっていない。あくまで「見える範囲の事実」を丹念に描き出し、その背景を推察することでメッセージを考えさせる、という形である。


カミュ「ペスト」の特徴>
・感情ベース。
 →死者数にも言及しつつ「以前と現在の比較」のほうを重視する。
・複数の登場人物のやり取りで成り立つ。
 →登場人物が多く、それぞれの感情に深く踏み込んだ書き方となっている。それぞれの登場人物が何を考え行動しているか、が生き生きと描き出される。
大きな物語を構成している。
 →登場人物ごとに「疫病への向き合い方の違い」というメッセージを負って動いている。その交錯、往来がより大きなメッセージとなって読み手に伝わってくる、と感じる。


デフォーが17世紀イギリス人、カミュが20世紀フランス人ということで、それぞれの着目の仕方の違いが面白い。特に、前者はゲルマン的なガッチリとした事実詰めの「ビジネスっぽいが、面白さという点には欠ける」、後者はラテン的な感情ベースの「感情移入はしやすいが、事実に基づく積み上げという点で弱い」という対比が明らかになる。


とはいえ、個人的には「この2冊両方を読んでこそ、疫病への市井の人びとの向き合い方が深まるのではないか」と感じる。
一般的には、感情移入しやすいカミュの「ペスト」のほうがウケはいいだろう。やはり、人間は感情の生き物であるが故、感情に訴えかけられたほうが読みやすい。
ところが。それだけでは、感情に流されるだけになってしまい、教訓、事実ベースのチェック、ということに意識が向かなくなってしまう。それゆえ、デフォーの「ペスト」のように、パッと見はつまらなくても、そこにある丹念に事実を広い、その背景にあるものを推察するという姿勢も大事である。


人間を構成する、理性と感情という両輪。デフォーが前者、カミュが後者に焦点を当ててパンデミックに襲われた都市というものを照らし出した、として読むと、それぞれに深みが増してくるように感じる。


そして、事実ベースのデフォーのほうが絶望的、感情ベースのカミュのほうがやや希望を持たせる形になっているのも興味深い。事実は事実として受け止めながらも、感情は前向きに、ということだろうか。「最悪を想定し、最善を尽くす」(元ネタは1800年代イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの"I am prepared for the worst, but hope for the best.")という構えを改めて想起させてくれる。今こそ、必要な姿勢だろう。