世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

今年37冊目読了。戦前から戦中にかけてプロレタリア文学を牽引した著者の代表作。


「労働者に悠長な読書の時間など与えられない」というなかなか壮絶な理由から、400字詰め原稿用紙わずか8枚というボリュームに収まる表題作。しかし、その怖ろしく凄まじいインパクトは半端ではない。リアリティと人間の執念、そしてやるせなさ。佐藤優が「プロレタリア文学としては、小林多喜二蟹工船よりこちらだ」と言うだけあって、確かにこれは読み応えと強烈な読後感を残す。


そして、このときはブルジョワVSプロレタリアであったが、2020年に読むと、あまりにも残酷な新型コロナを前に、やるせなく立ち尽くすしかない人間の弱さ、辛さという筋に、つい読み替えてしまう…なんて世の中になったものだろうか。まさに、手紙にあるとおり「あなたもご用心なさいませ」という状況に陥っている…「へべれけに酔っ払いてぇなぁ。そうして何もかも打ち壊してみてぇなぁ」と、登場人物のフレーズを言いたくなるくらいな状況だが、それすら許されない。いやはや、よもやまさか、筆者もこんな読まれ方をするとは思いもよらなかっただろう…


表題作はもちろんのこと、角川文庫に収録されている他7編も、非常に読み応えあり。ネタバレ回避(そのほうが読んだ時のインパクトが減殺されない)のため、深くは書きようがないのだが、生と死、その狭間、置かれた環境に対する何とも言えない絶望と諦念。それを冷徹に、しかし微細にわたって描き出す著者の筆致は、21世紀の今なお力強さを失っていない、どころか、格差社会コロナ社会においては輝きを増しているとも思えてしまう。


やっぱり、小説も面白い。読書は、このコロナ自粛の嵐の中で、自分を磨き、「三密(密閉、密室、密接)」を避けるべき今の時期には優れた贅沢と言える。ありがたや。