世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】アミン・マアルーフ「アラブから見た十字軍」

今年12冊目読了。レバノンを代表する週刊誌の責任者にして、パリで発行されるフランス語週刊誌「ジュヌ・アフリク」の論説委員である著者が、十字軍遠征の歴史をアラブ側から見てその経緯と展開、結末までを描き出した一冊。


ぶ厚いハードカバー本だが、これが絶妙に面白い。十字軍遠征自体にそこまで詳しいわけでもないのだが、その歴史をアラブ側から見る、という「主客転倒」させるだけで、ここまでイメージが変わるものか!!と衝撃を受ける。


著者は、侵略者たる十字軍側(フランク人)に手厳しい。「フランクに通じている者ならだれでも、彼らをけだものとみなす。勇気と戦う熱意にはすぐれているが、それ以外には何もない。動物が力と攻撃性ですぐれているのと同様である」「十字軍に代わる用語は、アラブ側の史書のなかでは、当時の西洋人の代名詞だったフランク、次いで侵略者、不信心者、もしくは蛮族、時には人食い人種となる」と述べる。


他方、アラブに対しても手厳しい。「スルタン同士は仲が良くなかった。そのためにフランクは国を奪うことができたのである」「イスマーイールは悪循環に陥る。処刑するごとに新たな復讐への恐れが増大し、その芽をつむために新たな処刑を命ずる」「十字軍時代を通じ、アラブは西洋から来る思想に心を開こうとしなかった」と見抜く。


また、歴史の大きな流れをつかむことも大事にしている。「宗教的情熱は政治的、軍事的な現実主義と裏腹の間柄ということだろうか」「思慮深い政治家として、新たな侵略を回避するには、沿岸のフランクと和解するだけでは十分ではなく、かんじんなのは西洋自身に話しかけることだと弁える」などは、その表れである。


そして、この十字軍遠征による侵略のダメージが今に続くアラブの宿痾となっている、という論説は非常に興味深い。「預言者の民は九世紀以来、みずからの運命を制御できなくなっていた。指導者たちはほとんど外人である」「相当数の草原の戦士たちが、アラブあるいは地中海の文明とまったく結びつきがないのに、定期的にやってきて、指導階級である軍部に同化する。以来アラブは支配され、抑圧され、ばかにされ、自分の土地に住みながらよそ者になり、七世紀以降始まった自分たちの文化的開花を追求することができなかった」「アラブの疾患は、安定した法制を組み立てることができなかったことである」「以来、進歩とは相手側のものになる。近代化も他人のものだ。西洋の象徴である近代化を拒絶して、その文化的・宗教的アイデンティティを確立せよというのか。それとも反対に、自分のアイデンティティを失う危険を冒しても、近代化の道を断固として歩むべきか。イランもトルコもまたアラブ世界も、このジレンマの解決に成功していない」「中東のアラブは西洋の中にいつも天敵を見ている。このような敵に対しては、あらゆる敵対行為が、政治的、軍事的、あるいは石油戦略的であろうと、正当な報復となる。そして疑いもなく、この両世界の分裂は十字軍にさかのぼり、アラブは今日でもなお意識の底で、これを一種のレイプのように受け止めている」。…この感覚を持っているか否かで、世界情勢の見方はまるで変わってくるくらいの衝撃だ。


また、豆知識的に勉強になったのが、アラブ世界の言葉が語源となっている名称について。「シャラブとはしぼって冷やしたフルーツ・ジュースのことで、フランクはこのアラビア語を借用して、液体のほうをシロップ、凍ったほうをシャーベットと名付ける」「殺人教団は、ハッシーシュ(麻薬の一種)の常習者と思わせた。ここからハッシャーシューン、あるいはハッシャーシーンという派生語ができ、これが崩れてアサシンとなり、多くのヨーロッパ語のなかで暗殺者を意味する普通名詞となる」「アラブは骰子(さいころ)をアッザフルと詠んだが、フランクはこの言葉を、遊びそのものではなく、運、すなわち偶然(ハザード)を指すものとして取り入れる」など。


さらに、世界遺産となっている場所がそこここに出てきて、その歴史的経緯が明らかにされていくので、非常に勉強になる。歴史をどちらから見るか、という大いなる視野、そしてその大河のような流れ。本当に勉強になる一冊。こういう良書を読むと、しみじみ自分の浅学さを痛感するが、故に学ぶことの楽しさも教えられる気持ち。ありがたや。