世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】スタンレー・ミルグラム「服従の心理」

今年10冊目読了。イェール大学で教鞭をとった有名な心理学者である筆者が、自らが実施した「閉鎖的な状況における権威者の指示に従う人間の心理状況の実験(通称:アイヒマン実験)」の実態と詳細な考察をまとめた一冊。


実験そのものは「被験者が、どこまで権威者に従って他者を罰することができるか」という有名なもの(実際には、罰として流れる電気ショックは演技である)。しかし、人間は条件下に置かれると思いのほか服従してしまう。その結果は、ナチスドイツの非道な虐殺行為は「一定の条件下においてはだれでも起こしうる」という衝撃の事実を突きつける。かなり有名な心理学実験ではあったが、ここまで詳細に条件を変えながら実施されているとは知らなかった。


筆者は「個人が自分を他の人の要望を実行する道具とみなすに至り、したがって、自分の行動の責任が自分にあるとは思わなくなることが服従の本質」「服従は、根深くしみ込んだ行動傾向であり、倫理、同情、道徳的品位の教育を押し流してしまう非常に強い衝動」「人々のかなりの部分は、命令が合法的権威からきていると思っているかぎり、行為の内容には関係なく、良心に制約されず、言われた通りのことをする」と指摘する。


服従の恐ろしさについては「責任感の消滅は、権威への服従のもっとも重大な結果である」「破壊的命令への服従は、ある程度、権威と従者との近接関係に依存している」「決断は、相手の願望や、本人の好意あるいは敵意の衝動に左右されるのではなく、むしろ、本人が権威体系にどれほどしばりつけられているかにもとづいている」「自由選択の余地があるかどうかで、個人が自分自身をそのような場面におかれていると思うかどうかが決定されるが、責任を決定的に免除してくれる人がいると、個人がそう思う傾向はきわめて強く、この移行は気軽に逆転し得ない」「人間は行為を遂行するが、その行為の意味については権威に定義してもらう」と、鋭く分析する。


そして、重要な問題として「いったん放棄した自分自身の自主性を取り戻すこと」として、きっかけとして「被害者が目の前に具体的にはっきりと見えるということが、権威の力を強く妨害し、不服従を生み出した」「高い水準からの信号がひとたび混線すると、ヒエラルキー体系の一貫性がこわれ、行動を規制するその効力も失われる」を上げ「首尾一貫した明瞭な命令が、権威体系が機能するための最低条件」とする。個人の行動の特性について「個人は内在化されたある種の行動基準をもっていること、権威が自分に加えるかもしれない制裁に非常に敏感なこと、集団が自分に加えるかもしれない制裁に敏感なこと」を挙げ、「権威に対抗しようとするとき、個人は集団の他の者たちから自分の立場を支持してもらおうと最善の努力をする」と述べる。


人間の決意などというものは、集団(特に権威)のエネルギーによって実に簡単に曲げられてしまう。故に、そのエネルギーの強さを知っておくこと、そのうえで自らの頭で考え続けること。これらが、本当に自由であるために大切、ということだろう。今だったら、人権問題で許されないような実験だが、その警句を活かし続けることは非常に大事である。