世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ヘルマン•グラーザー「ドイツ第三帝国」

今年8冊目読了。ベルリン工科大学教授の筆者が、ナチスドイツの目指した世界観や組織を多角的に分析した一冊。


文庫本ながら、中身は重厚で、記載も詳細にわたる。何よりも、ナチスだけを悪者にするのではなく「ナチズムの問題は、現代の一般的な、精神的、心的、文化的現象」「理性の欠如あるいは啓蒙不足こそ多年にわたるナチスの非道を助けた」という根本姿勢が、現代への警句ともなる。


ナチスの宣伝については「あらゆる宣伝は大衆的必要があるとともに、その知的水準は、目指す人間のうちでもっとも血の巡りの悪い者の理解力を基準にして定めなければならない」「彼らの受容力はわずかである。従ってもっとも効果的な宣伝は、目標をわずか数点に絞って、それを徹底的に叩き込むことである」「知識が不十分なことや、その知識を明らかにしたり、一つの問題を徹底的に考え抜いたりする用意が欠けていることを、スローガンでごまかす」「全般にわたる事実恐怖、常套句を用いる傾向とともに、同じようなものを求める熱情を特色としている」「定見のない一般大衆は、高貴なナチス的常套句、中身のない熱情、したたるようなセンチメンタリズムで攻めなければならなかった」とズバリ一刀両断する。


ナチズムの価値観として「ナチズムの世界観は、個人の権利、すなわち、国家、国政、共同体に対する個人の人権を是認することができなかった」「テロはもっとも効果的な政治的手段である…残酷さは人間を威圧する。人々は有益な恐怖を必要とする。彼らは何か恐れることが欲しいのだ」と見抜くあたりは的確だ。


そして、人間行動を巧みに利用していたことも怖ろしい。「ぎっしり詰め込まれた群衆は、個人的な決断をする余地がなくなtってしまった。その上、適当に手を加えられれば、集団化を行うのにいっそう都合のいい状態になるものである」「行進は人を思考と熟慮からそらし、個性を殺す。それは、人間の機械化、画一化をよびだす一種の魔法の儀式であることが実証される」「死の犠牲者を不安におとしいれるのは死を早めるため、できるだけ避けるべきだ」など、実におぞましい知見だ。


何より警鐘を鳴らしているのは、ナチズムが台頭する背景だ。「ドイツは1918年以来、インフレーションの混乱、経済的な不安、外交政策上の障害と戦わなければならなかったが、その状況が過激な党を育てる肥沃な地盤となった。このことと、ドイツ市民階級が共産主義者のクーデターを絶えずおそれていたという事実とのために、ナチス党は選挙の得票数をどんどん増やしていった」「ナチス世界観といえども、その主張するテーゼが多くの点で民族精神に根差していなかったならば、あれほどの成果はあげ得なかったであろう。それだからこそ、ナチス主義者たちはしばしば、怨念という感情の潮をせきとめていた水門を、適当な煽動語を使って開けばすんだのである」。


歴史は繰り返す。不安な時代だからこそ、自ら考えることを放棄してはならない。それを思い知ることができる一冊だ。