世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】白石一文「私という運命について」

今年7冊目読了。大手出版社勤務を経て作家となった筆者が、仕事と恋愛の狭間で揺れ動く女性の葛藤と、その数奇な運命を、節目節目の手紙と共に織り成していく一冊。 勿論、小説故に「そんなに上手くいくかよ!」という展開がいくつかあるのは仕方ない。他方、この時代、年齢フェーズごとに女性の向き合わされる様々な壁について、実にうまく、かつ丁寧に書き込まれていて、男性の自分でも、かなり引き込まれた。本当に、この妙なプレッシャー感、何なんだ。

 

人間の陥りがちな罠について「不景気になればなるほど、値段の安い使い捨て商品が売れる。パッと使ってパッと飽きてパッと捨てる。粗雑で余裕のないスピードオンリーの時代がやってくる」「酒の疲れを酒で癒すというのも、自制心の衰えを如実に示す」「自分の肝腎な選択を他人に預けてしまったことは大きな失敗」など、えぐりこむ。

 

生きる心構えについて「たとえ自分の人生であったとしても、黙って受け入れるしかない運命というものがあるような気がする」「人と人とのあいだには、きっと取り返しのつかないことばかり起こるけど、それを取り返そうとするのは無理なのだから、取り返そうなんてしないほうがいいんだ」「自分の気持ちというのは、どんなに頑張っても理解されないことがある」「互いが与え与えられることで、それぞれ固有のいのちを実りあるものにしてこそ、真実の人間関係なのだ」「自分が無力だってことを思い知るのが人生の基本だ。そしてその基本にわずかでも別の何かを付け加えていくのが生きること」「運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、巡り合ったそれを我が手に掴み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ」など、示唆に富むフレーズ多数。

 

中年男性についても手厳しい。「酒に溺れ、目先の仕事に溺れ、時間と数字に日々追われながら、気づかぬうちに本物の自分を失い続けている。そして、きっと時代にも取り残されはじめている」「男にはたくさんの抽出しがなくてはならない。たとえ一つ一つに中身がぎっしり詰まっていなくとも、抽出しの数が多ければ多いほど男は実力を発揮していく」「男はとかくそうだが、自信がつくとひたすら厚かましく不躾になる」「男は、結局、今っていう時間しか見ていないのよ。今を積み重ねることが生きることだと信じきってるのよ。」など、自戒したい。

 

そのほかにも「人間にとって、その対象が敵か味方かを見分ける指標はたった一つ。水に対して親和的か否か、それだけだと思う」「モノと人とを区別する人間には、モノにも心があることが分からないんだ」など、興味深い言及もあり、筆者の視野の広さを感じる。 洞察に満ちていて、単なる小説としても楽しめる。秀逸な一冊だ。