世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】太宰治「斜陽/パンドラの匣」

今年14冊目読了。太宰治の名作のうち、映画化した2作をまとめた一冊。

まず、斜陽。貴族階級の没落という、まさに太宰自身が歩んだ道を描き、じわりじわりと真綿で首を締めるような息苦しい展開が続く、と思っていたら、終盤に一気に加速。そして、まったく想像もつかないラストを迎えることになる。

「どっちつかず」という言葉がある。今は、時代の流れが速くなり、「越境」して(社会やグループの壁を越えて)交流することで自分の視野、視座を転換していく、ということが推奨されているが、それ以前はそもそもが「異物」として排除されていた。貴族からは落ちぶれ、庶民からは後ろ指をさされ…そんな状況においてもなお、人間は、生きることに苦しみながら進んでいく。そして、覆いかぶさる死への誘い。暗い感情という魔物を人は隠しながら生きているが、太宰はそこに向き合いながら、しかし何度も魔物に膝を屈し、最後は死を選ぶ。どちらのほうが人間の真理に迫ったのか、ということは論を俟たない、と感じる。

この本は、若かりし頃に読んでもさっぱり理解できなかっただろうな。でも、今の時代だからこそ、「越境」のときに感じる気持ち悪さと向き合うことの大事さ、その囚われを解放することの重要性を痛感すべく、読む必要がある本なのかもしれない。

そして、パンドラの匣。病院(健康道場)を舞台に展開される、手紙のやり取り(といっても片方の手紙しか読めない形になっている)を小説に仕立てたもの。死を近くに感じるのに、そして太宰なのに(笑)、まったく暗さがない。むしろ、からりとした明るさすら感じる。もちろん、そこここに暗い感情はしのばせているのだが、全体的なトーンが「主人公が前向き」というだけで、ページをめくる気の重さがまったく軽くなる。これまたちょっとしたオチがあるが、基本的には希望を持てる仕上がりになっている。これを戦後早々に執筆した、というのが太宰の天才たる所以か。

小説を切り取るのは無粋なのは百も承知だが、「パンドラの匣」に、「これは真理だなぁ」と思わせる文章があったので、これをシェアしておきたい。

・人間には絶望という事はあり得ない。人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また「絶望」という観念にも同様にあざむかれる事がある。正直に言う事にしよう。人間は不幸のどん底につき落され、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。
・「自分の生きている事が、人に迷惑をかける。僕は余計者だ。」という意識ほどつらい思いは世の中に無い。
・献身とは、わが身を、最も華やかに永遠に生かす事である。人間は、この純粋の献身に依ってのみ不滅である。(中略)人間の時々刻々が、献身でなければならぬ。いかにして見事に献身すべきやなどと、工夫をこらすのは、最も無意味な事である。