世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【富士山-信仰の対象と芸術の源泉】

〈ここが凄い!〉
日本人の信仰の対象としての山
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
登らずに景色として眺めるだけでも美しいが、その真髄は「信仰」の対象というところである。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
構成資産のうち、富士五湖忍野八海は東京から交通至便。静岡県側の富士山本宮浅間大社、三保松原なども日帰り圏。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2013年
〈登録基準〉
ⅲ:現存する、あるいは消滅した文化的伝統や文明の存在に関する証拠を示す遺産で、人類の化石遺跡なども含まれる。

 
ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。
 
〈概要〉
山岳信仰の文化的拠点
 歴史的に噴火を繰り返し、怖ろしくも神秘的な山として「遥拝(山麓から山頂を仰ぎ見て参拝する)」の対象となった。後に、「登拝」も行われるようになった。
 
●芸術活動の母体
 四季折々の富士山の景観は多くの文学者は芸術家の創作活動に影響を与えた。19世紀の葛飾北斎歌川広重などの浮世絵に描かれた富士山は、西洋美術のモチーフともなった。
 
〈課題〉
環境保全。もともと、世界自然遺産としての登録を目指していたが、環境汚染のひどさを指摘され、世界文化遺産としての登録に切り替えた経緯がある。昨今は改善しているが、引き続き登山者は多いため、継続的保全が必須。
 
〈参考図書〉
野口健世界遺産にされて富士山は泣いている」

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 富士山が世界遺産となった構成資産、その文化的意義を知るなら、竹谷靱負「富士山文化 その信仰遺跡を歩く」のほうがよいのだが、ここは敢えてアルピニストからの警告の書である本書をお薦めしたい。
 本人が「これは富士山にとってのB面(陰の面)を書き記した」と述べているとおり、世界遺産登録を目指しての地元や政治の動きのおかしさ、世界遺産登録が「富士山の保全のための手段」ではなく目的化したことへの容赦ない批判は、世界遺産の抱える問題を浮き彫りにする。
 世界遺産を学んだ一員としても、非常に賛同できる。日本の大切な文化、自然をどう未来に引き継ぐか。必読の一冊だ。

【小笠原諸島】

〈ここが凄い!〉
海洋島で独自の進化を遂げた生態系
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
独自の生態系ゆえ、ここでしか見られない自然の動植物に触れることができる。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★☆☆
東京都ではあるが、日本の世界遺産で一番アクセスしにくい場所(週1便の船で24時間以上)。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2011
〈登録基準〉
ⅸ:動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す遺産で、現在進行中の生態学、生物学の代表例も含まれる。

〈概要〉
●独自の進化を遂げた生態系
 大陸と一度もつながったことのない海洋島のため、生物集団が極端に偏っている。爬虫類は2種類、哺乳類はオガサワラオオコウモリ一種類、両生類は皆無。他方、昆虫の25%、陸産貝類の94%が固有種。

●独特な植生
 維管束植物の固有種率がきわめて高く、在来種441種のうち161種が固有種。他方、ブナやカシ、シイなどはまったく存在しない。

●固有種と絶滅危惧種
 近海ではクジラ23種が確認されている。その中でも、ミナミハンドウイルカは小笠原諸島に定住している。しかしながら、外来種であるグリーンアノール(トカゲの一種)などが自然を荒らすことが課題となっている。

〈課題〉
外来種対策(固有種が、外来種によって絶滅の危機に瀕している)

〈参考図書〉
清水善和「小笠原諸島に学ぶ進化論」
東洋のガラパゴスともいわれる小笠原諸島。それは、その独自の自然環境や生物進化に由来している。しかしながら、一般的には生物進化の過程などはあまり理解されていない(特に、自分のような文系人間はまるで駄目である)。ゆえに、その価値がわからない、という残念な事態に陥りがち。
この本は、「知りたいサイエンス」シリーズでもあり、豊富な図解で「生物についての素人」でも十分にわかるように書いてくれている。

【ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-】

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〈ここが凄い!〉
近代建築技術の世界規模での交流
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★☆☆
ル・コルビュジエという建築家が与えてきた影響を学んでからでないと、「なんでこれが世界遺産?」となってしまう。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
※上野の「国立西洋美術館」の場合。
保有国〉
フランス、スイス、ベルギー、ドイツ、日本、アルゼンチン、インド
〈登録年〉
2017年

〈登録基準〉
ⅰ:人類の創造的資質や人間の才能を示す遺産。


ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の相互交流を示す遺産。


ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。

〈概要〉
●建築界への地球規模の影響
 過去にない先駆的な手法で「ピューリズム(純粋主義)、ブルータリズム(荒々しい表現)、彫刻的建築」という大きな潮流を生み出し、建築界に革命を起こし、大陸を超えて作品を残した。

●20世紀の根源的諸課題への回答
 鉄筋コンクリートという新しい特性の素材を用いて、近代人の社会的・人間的ニーズにこたえる作品を作り上げた。

●建築界への「新しい常識」の提言
 人間サイズと黄金比を組み合わせた「モデュロール」、5原則「ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面」などを提言した。


〈課題〉
7カ国にまたがり、大陸を超えて資産が点在する(トランスコンチネンタルサイト)ため、維持管理が困難。

〈参考図書〉
林美佐「もっと知りたいル・コルビュジエ 生涯と作品」
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シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ(後のル・コルビュジエ)の足跡と、その建築物を分かり易くまとめた一冊。写真と図面がふんだんに使われているので、理解が促進される。スイスからパリに出てきてからの活躍、攻撃的な口調での持論展開、国際連盟ビル・国際連合ビルのコンペでの敗北、その後の貢献、などが「実際の建築物」を切り口に説明されているのでお薦め。
そもそも、国立西洋美術館が、フランスに接収された松方幸次郎のコレクションを戦後に展示するためであり、その沿革からフランスの著名な建築家であるル・コルビュジエに発注された、ということすら知らなかった。世の中、不思議なところで繋がるものである。

【富岡製糸場と絹産業遺跡群】

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〈ここが凄い!〉
海外と日本の養蚕技術の融合
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★☆☆
一見すると「古くてガッシリした煉瓦造の建物」。しかし、絹産業の飛躍を知ると、面白さが一気に深まる。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
新幹線または在来線で高崎まで出て、上信電鉄に乗り換え。一日で十分に廻れる。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2014年

〈登録基準〉
ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の を示す遺産。


ⅳ:人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合発展段階、もしくは景観の遺産。


〈概要〉

●19世紀後半の技術革新と交流を伝える
 明治維新を機に、伝統的養蚕技術に代わる海外の器械製糸技術導入を行い、フランスの技術が日本に取り入れられていった経緯を今に伝えている。

●日仏混交の独特な建築様式
 フランスの技術と日本の技術が交錯したことから生まれた木骨レンガ造は富岡製糸場の特徴。広い工場空間を確保するために作られたトラス構造の屋根組みも見られる。


〈課題〉
周辺の街並み保全と、建造物の劣化が課題。

〈参考図書〉
佐滝剛弘「日本のシルクロード
www.amazon.co.jp

NHKのディレクターにして世界遺産検定マイスター保有者の筆者が、富岡製糸場を中心として絹産業がどのように明治日本にインパクトを与えたかをまとめた一冊。
富岡製糸場がいかに近代的で、「ああ野麦峠」に象徴されるような「女工哀史」とは違った事実は、実際の女工が記した和田英「富岡日記」のほうが詳しいが、「産業の広がり」を感じられるので、こちらを選んだ。
富岡製糸場の特徴や工夫、製糸の上流・下流を含めた丁寧で平易な説明が読みやすい。訪れる前に、一読をお薦めします。

【日光の社寺】

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〈ここが凄い!〉
聖域の自然と調和した、芸術性の高い宗教建造物群
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
絢爛豪華な東照宮が見物だが、隠された数々の「トリビア」を知ると、その深み、狙いをよく理解できる。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
浅草、新宿から特急でダイレクトアクセス。
保有国〉
日本
〈登録年〉
1999年
〈登録基準〉
ⅰ:人類の創造的資質や人間の才能を示す遺産。
 
 
ⅳ:人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合発展段階、もしくは景観の遺産。
 
 
ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。
 
〈概要〉
●多様な信仰の形を見せる
 神道仏教が融合した「神仏習合」や、山岳信仰仏教が結びついた修験道、亡くなった偉人(徳川家康)を神としてまつる「人物神」という多様な信仰形態の歴史を物語っている。
 
●圧倒的な建築技術
 東照宮の陽明門は、建物全体が装飾彫刻や文様で埋め尽くされている。また、東照宮本社の権現造り、二荒山神社の八棟造りなど、優れた建築景観をつくりあげている。
 
●自然を活かした空間づくり
 784年に勝道上人が開山して以来、堂社と森林を一体化した霊山整備を行ってきた。その考えは徳川幕府にも引き継がれ、神格化された自然環境と建物が相まっている。

〈課題〉
木造建築ゆえ、火災のリスクは常に存在する。また、東京からアクセスしやすいため、交通渋滞が自然環境に負荷を与える懸念もある。
〈参考図書〉
高藤晴俊「日光東照宮の謎」

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日光東照宮禰宜を務める筆者が、日光東照宮に秘められたストーリーを明かす一冊。
家康の宇宙観、秀吉封じ、そして東照宮に織り込まれた数々のメッセージ。ただ「豪華絢爛だなぁ…」と眺めるのはもったいない。この本を読んでから行かないと、見過ごすものばかりである。トリビア探しは、「単なる修学旅行のノリ」とは全く異なるので、面白さ、深さが違う。
「日光を見るなら、この本を読まずして結構と言うなかれ」。知ることが、感性を深めることを教えてくれる。

【平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群】

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〈ここが凄い!〉
建築群と庭園で表現された日本独自の浄土思想
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
中尊寺金色堂は必見。北方王国の夢に、想いを馳せたい。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
新幹線で一ノ関まで行き、在来線に乗り換えて平泉まで。駅からはレンタサイクルが小回りが利く。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2011年
〈登録基準〉
ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の相互交流を示す遺産。

 
ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。
 
〈概要〉
 
●現生の仏国土(浄土)を目指す
11世紀末の陸奥・出羽を統治していた藤原清衡は、平泉を拠点とし、奥州の主要な産出品である金の財力を背景に、浄土思想の宇宙観の実現を目指した。
 
●平和政治で最先端都市を築く
12~13世紀には、軍事ではなく文化交流に力を注ぎ、平和政治の中で京都に比肩する最先端都市として著しい発展を見せていた。
 
●大陸との交流
仏教とともに大陸から伝来した伽藍建築に関する理念や意匠、技術、作庭思想が、日本古来の水辺の祭祀場における水景の理念、移送、技術と融合しながら独自に発展した。

〈課題〉
木造建築ゆえ、火災のリスクは常に存在する。また、5つの資産の拡大登録を目指しているが、その価値の説明を検討する必要がある。
 
〈参考図書〉
斉藤利男「平泉 北方王国の夢」

平泉 北方王国の夢 (講談社選書メチエ) | 斉藤 利男 |本 | 通販 | Amazon

弘前大学教授である筆者が、平泉を「中央(京都、鎌倉)に対する地方政権」という後世の歴史の流れではなく「大陸とのネットワークを考えた、天下三分の王国」という平泉側からの視点で考察する。
特になるほどと感じたのは「京都も鎌倉も、仏教を統治手段として使ったが、平泉は平等なる浄土をこの世に出現させようとした」という指摘。生き残った者からだけ歴史を見るのではなく、それぞれの時代を生きた人々の願いを感じ取る。その面白さを伝えてくれる。
やや学術的だが、平泉を学ぶならお薦め。

【白神山地】

〈ここが凄い!〉
ブナの原生林が生み出す固有の生態系

〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
豊かな「手付かずの深い森」に抱かれるなら、ここ。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★☆
青森、秋田いずれの側からも、世界遺産エリアに入るのは時間がかかる。

保有国〉
日本
〈登録年〉
1993年
〈登録基準〉
ⅸ:動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す遺産で、現在進行中の生態学、生物学の代表例も含まれる。

〈概要〉

●世界有数のブナ原生林
現在種のブナは100万年前に誕生。3~4万年前の氷河期に、ツガやマツの増加で著しく減退したが、氷河期終了後に日本海に暖流が流入してブナ林は急速に拡大。8000年前には現在の分布域を回復した。
白神山地は、集落から遠く離れ、また地形が急峻なため、ヨーロッパのブナ原生林と異なり、ほとんど伐採されなかった。このため、ヨーロッパと比べて5~6倍の多様な植生が見られる。

●豊かな食物相
500以上の植物種が確認されている。アオモリマンテマをはじめとする希少植物も多い。これらは、植物進化のプロセス解明上も貴重な種である。

●数多くの動物相
特別天然記念物であるニホンカモシカをはじめとする14種の中型哺乳類、天然記念物のクマゲライヌワシなど84種の鳥類、2212種の昆虫などの生息が確認されている。

〈課題〉
森林火災、絶滅危惧種の衰退。許可のない入山と、それに伴う植物の盗掘も問題視されている。

〈参考図書〉
根深誠「世界遺産白神山地 ブナの息吹、森の記憶」

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%8A%E3%81%AE%E6%81%AF%E5%90%B9%E3%80%81%E6%A3%AE%E3%81%AE%E8%A8%98%E6%86%B6%E2%80%95%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%87%AA%E7%84%B6%E9%81%BA%E7%94%A3%E7%99%BD%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E5%9C%B0-%E6%A0%B9%E6%B7%B1-%E8%AA%A0/dp/4822813908
白神山地の保護に努めつつ、過度な入山規制にも疑問を持つ筆者が、白神山地の魅力をまとめた一冊。

筆者の白神山地と自然、そしてそこに暮らす人々への愛情が溢れている。いささか感情が先走り、やや読みづらい(=入り込みにくい)部分もある。とはいえ、白神山地を多面的に見つめ、そこに暮らすマタギも含めての自然、と捉える記述は興味深い。